novel | ナノ

さく、さく。 一歩進むたび、靴の下で枯葉が音を立てる。真夏なのに枯葉があるなんて、何だか考えてみると不思議だ。

周り中を木で囲まれてるから普段は気付かないけど、どうしてか、レッドさんといると、そういう不思議に気付く気がする。

先頭にピカチュウ、次にレッドさん。私はその後を追って、ゆっくり山道を下る。私たちは、さっきレッドさんが呼んでいた先へ、改めて別の道から向かっていた。

どうやらあの道はいわゆる近道であって、正規の道ではないみたい。今下ってる道は、さっきに比べて格段に安全だ。

レッドさんは見かけによらず、山籠りが常なだけあって、結構ワイルドらしい。 パキッ、と小枝が折れた音がして、思わず私は、ウバメの森での、カモネギとの追いかけっこを思い出した。


「…どうしたの」
「いえ、ちょっと…思い出したことがあって」


私が笑みを浮かべたのを感知したように振り返ったレッドさんは、そのまま、先を問うような視線を寄越した。

…あ。もしかして私、レッドさんの視線、読めてる…?グリーンさんみたいに。憧れてたから、嬉しくなった。


「昔、ある人の依頼で、森の中を逃げ回るカモネギを捕まえたことがあるんです」
「…カモネギ?」
「はい。それも、素手で」
「素手…」


今度は前を向いて聞いていたレッドさんは、ちょっとびっくりしたみたいに繰り返した。そうだよね、当時は私もびっくりした。


「怖くなかったの」
「怖かったですよ」
「……。じゃあ、何で」
「? あああ、レッドさん急に立ち止まらないでくださっ、ぶ」


突然ぴたりと足を止めたレッドさんに、私は思い切りぶつかってしまった。坂道で勢い付いていた私は、その反動でしりもちをついてしまう。…恥ずかしい…。


「す、すみません」
「いや、別に」


振り返ったレッドさんは無言で手を貸してくれて、私はありがたくその手を借りて立ち上がった。

……あれ。 結構全体重かけてぶつかってしまったはずなのに、レッドさんは平然とそこに立っていた。それだけでも私は目を丸くしたのに、かち合った目が予想外なほど不機嫌で、焦った。

どうしよう、レッドさん怒ってる…!


「ごめんなさい…!まさか立ち止まるとは思わなくて、私必死で…。あの、痛かったです…よね…」
「別に痛くない」
「はいぃっ、すみませ……」


…え、平気なの?

言葉途中で顔を上げた私を、相変わらず不機嫌そうに見下ろすレッドさん。いやあの…全然、良いって顔をしてない。


「なまえ」
「はいっ!!!」
「カモネギは平気でオレは平気じゃないの」
「………え!?」


いつもより低い声が問いかけたのは、あまりにも意外な質問だった。

意外すぎてかなり間抜け面してたんだと思う。レッドさんは答えない私に、はぁぁぁ、と長いため息をついた。呆れられたかとびくびくする気持ちが、ようやく私を覚醒させる。


「あの、レッドさん。私が怖かったのはレッドさんじゃなくて、崖です」
「…崖?」
「そうです」


しばらく悩み込んだ様子のレッドさんは、ようやく納得したらしく、ああ、とつぶやいた。よかった、誤解が解けて……。


「嫌われてはいないのか」
「あ、当たり前じゃないですかっ」


言ってから気が付いた。…んん?もしかしてレッドさん、あの発言が告白まがいだなんて気付いてないのかも…。


「よかった」


じゃあ、行こう。と言ってレッドさんは、ごく自然に。………自然、に、するりと、私の指の間に、レッドさんの指は滑り込んできた。

ふと浮かんだ重要な考えを考察する余裕もなく、私はそのままレッドさんの手に導かれて、再び山下りを再開させられた。

つないだ手は何だか、私の心臓までわしづかみにしてるみたいだ。
おさまったはずの鼓動が、さっきよりも勢いがいいくらい早鐘を打っていて、私はくらくらしながら、ひたすらレッドさんの足元を見つめていた。
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