よかった、レッドさんが諦めてくれて。でも嫌われたことは悲しい。すごくすごく、悲しい。気付かないふりをしてたのが、さっき自分でも初めて分かったのに。 私、レッドさんが好きだったんだ。 だから電話がくるだけでばかみたいに嬉しくて、声を聞くたびに心臓が跳ねてた。 ……違う。もしかしたらその前、番号を教えてもらったときに嬉しかったのだってきっと。 けど、今さら気付いても…それももう終わりになっちゃった。 でも飛び込むこともできなかった。私が段差を降りてたら、間違いなく今は私もレッドさんも、崖下まっ逆さまだっただろうから。 私はどうすればよかったんだろう? 今、レッドさんが生きてること、それを喜べればいいのかも。それが一番良いのかも。嫌われたとしても、彼が生きてるだけ…。 「あっ!」 ざわっ、とひどい突風が吹いて、私の帽子がたまらずに吹き飛んだ。押さえる間もなかった。白い、大切なキャスケット。どうしよう…! 「リザードン」 とてつもない喪失感に捕まっていた私の耳に、信じられない声が、信じられないくらいはっきりと聞こえた。 そんな、ま さ か …。でも。あり得ない。 私が振り返るのと同時に視界の隅を凄い早さで、赤い翼が通り過ぎていった。それに気を取られてまた振り返りかけた私の目の前に、彼はいた。 「レッドさん…!」 「なまえ」 レッドさんはなぜか、いつもの無表情じゃなかった。少し困ったみたいに眉を寄せて、覗き込むように見つめてくる。 きれいな赤い瞳から目が反らせなくなった私は、中途半端な首の角度のまま、レッドさんもその正面にいるまま、数秒、見つめ合った。 「………。ごめん」 「えっ、?」 「泣かせた」 「そんな」 泣いたのはレッドさんのせいじゃないです。と言おうとした私の言葉は、レッドさんの行動によって阻まれた。 ひやり、と思いがけず頬に触れた指に、頭を撫でられたときとは違うためらいを感じ、私は戸惑う。 その指はゆっくり、私の目尻に触れた。予想外すぎる展開に息もできなくなった私は、かすかな息遣いを感じていた。 「…赤く、なってる」 「あか、く?」 「うん」 「…っあ、な、ないちゃったから」 「…うん」 レッドさんは目を細めてうなずく。 ひんやりした感触がまたゆっくり移動をはじめて、私の喉はからから、頭はぐるぐるしはじめて、何を話してるのかとか、もう何が何だか、レッドさんの赤い目に映る自分しか見えない。 「ここと同じくらい、赤いね」 レッドさんが目を細めたままそう言ったとき、ひんやりした感触は、ちょうど私の口元にあった。 私のくちびるに、私のじゃない指が触れてる。 そう理解したとたんに、ぐるぐるしてた私の頭がついに、真っ白になった。何も分からない。 「……なまえ?」 真っ白な世界に響く、レッドさんの声。聞こえたと思ったら大きな翼の音がして、それに合わせて少しずつ、私の視界が戻ってくる。 「ぴーか、ちゅ〜う〜」 「ああ、」 ようやく見えたレッドさんの視線がすっと外れ、続いて手が外れた。 とたんに私は、瞳の呪縛から解かれたみたいに正気に…いや正気だったんだけど、正常に戻った。 さっきは気付かなかったけど、物凄い勢いで心臓がばくばく血液を送り出してるのも、今では分かる。こんなのも分からなかったなんて。 深呼吸をしながらレッドさんを見ると、レッドさんは少し離れたところで、いつの間にか現れたリザードンと対面していた。 リザードンの肩に乗ったピカチュウがレッドさんに、飛んでったはずの私のキャスケットを手渡してるのを見て、私はようやく理解した。 あの時、聞こえたのはやっぱりレッドさんの声で、たぶん私の帽子をリザードンが拾ってくれたんだ。結局私は、大事なものを何も失わなかった。 レッドさんがいて、帽子も、返ってきた。 私はたまらずに、彼らの元に走り寄った。 「リザードン、ありがとう…!」 「ぴーか?」 「もちろんピカチュウも。拾ってくれたんだよね?」 「ぴかちゅ」 「ぐるる」 走り寄った勢いで思わずリザードンに抱きつくと、リザードンは嬉しそうに吠えてくれ、ピカチュウもこちらに飛び移って、頬をすり寄せてくれた。 可愛い。あったかい。 気付けばさっきまでのばくばくはどこへやら、私の心臓はすっかり直っていた。 |