グリーンに詳しく聞いてみたら、今までの私がばかみたいで笑えた。 偶然にしろ何にしろ、同じ制服を着ている子が車にひかれかけるようなシーンに立ち合ってしまった以上、放置できるようなひとはまずいない。しかもグリーンはフェミニストだから、ひかれたのが女の子ならなおさら、何か世話を焼こうとしたに決まってる。 それにそもそも、やさしすぎて天然たらしなグリーンが、女の子たちをたっくさん引きつれて廊下を渡るのなんか何度見たかしれないのに、女の子がひとり傍にいたぐらいで傷つくなんて。 本当にばかみたい。鉛みたいだった心臓がふわりと軽くなって、あんなに痛かった傷が、最初から何もなかったみたいに癒える。 「…じゃあ、もしかしてあの時、それを言おうとしたの?」 「あの時?」 あわただしく先生たちが走り回る職員室で、こんなに穏やかな気持ちになったのは久しぶりだった。 私のことばを繰り返したグリーンが、窓の外に向けていたとおい目をこちらに寄越す。 暖かい灯火のような目をまっすぐに見たのが、ひどく久しぶりな気がした。 「辞書借りに来たとき、前の日に何かあったから…みたいに言ってたじゃん」 「そうだったか?」 「そうだよ」 グリーンはちょっと口角を下げて、ふいと私から目を逸らした。向こう側の手が首のうしろに回される。 わりぃ、覚えてねえとちいさな返事が返ってきて、おさまりかけていた笑みがまた、のどの奥からぷかりと浮上してきた。 「仕方ねーだろ、暗記苦手なんだよ」 「知ってるよー」 「なんだよその棒読み」 くすくす笑いを押し殺している私の頭を、仕返しのように軽くはたき返してくるグリーンになぜかほっとして、うっかりここがどこかも忘れて泣きそうになった。 「あ〜…電子辞書といえば、ありがとな。ちゃんとお礼言えてなかった」 「…うん」 あの日からあの画面で閉じたまま、家の机の上で静かにしている緑色を脳裏に浮かべた。明日はきちんとかばんに入れて持ってこよう。 110305
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