嘘が本当になるなんておとぎ話みたいな展開だけど、実際、私の化学力はめきめきと上達していた。倫理でいうところの、昇華と抑圧と反動形成をいっしょくたに起こしているようなものだと自分でもわかっている。 だけどそれって悪いことじゃないかもしれない。苦手意識は負の連鎖を生むというのは身を持って立証済みだったけど、逆もまた然りみたいだし。 友達に目を丸くされつつも、私はホームルームが終わると真っ先に、水着ではなくノートを抱えて教室を飛び出した。このプリントを出せばようやく、1単元が終わる。 長い廊下に、次々とホームルームを終えた生徒たちがなだれ込んでくるのをうまく避けながら、縫うようにして職員室へ向かう。 息を整えつつ扉をノックして、開いたとき思わず息を止めたのは、びっくりしたからなのか…それとも。 「あ…なまえ」 プリントを片手にそこにいたのはグリーンで、びっくりしたようにまばたきをした後、いつもの笑みをぱっと浮かべた。 その表情を見たとたん、はずんでいた心臓が、ふさがりかけていた傷が、一瞬で引き裂かれた。 「ちょうどよかった。今からお前のクラス行こうと思っててさ」 「……え?」 「お前のクラスにさ、最近事故にあったやついるだろ?そいつにこれ、渡しといてくれねぇ?」 ぺろりと渡されたのは一枚の紙切れで、何やら小難しい細かい字がたくさんならんでいる。だけどグリーンに言われたことが理解できなくて、私は片やノート、片やプリントを手にして固まった。 「…どした?」 「じ……今なんて?」 「は?」 うまく話せない私に、グリーンは怪訝そうな顔をする。 だけどそんなの構っていられない。事故にあったって…クラスメートのいったい、だれが、どうして?何も聞いた記憶がない。 職員室の扉を開いたまま、互いを探るように見つめ合ったのはほんの一瞬で、出入りの激しい出入口をふさいでいる私たちに注意の声が上がる。 あわててグリーンといっしょに壁にへばりつきながら、いつかと同じような状態に気がついてまた胸がにぶく傷んだ。 「…あ。そっかお前休んでたよな」 急にぴんときたらしいグリーンは、壁に背を預けて勝手にひとり納得したらしい。そーか、とうなずく様子が何だかだんだんおかしくなってくる。 つらくて痛くて、感情のコントローラが壊れてしまったのかもしれない。脈打つたびに痛みが走るのは何も変わらないのに、気づいたらくちびるには笑みがのっていた。 「なに勝手に納得してんの、私まだわかんないんだけど」 「あたり前だろ、わかんないように言ってんだよ」 「なっ!グリーン最悪!」 思わずいつもみたいに、きっちりセットされているウニみたいにつんつんした頭を軽くはたいた。 本当はぜんぜん痛くないくせにいってーな、と大げさに頭を押さえるのも、そのくせ裏腹に笑っているのも、発っせられることばも、向けられる視線も何も変わらない。 私が避け続けていたことに、きっとグリーンは気づいてすらいない。 110305
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