novel | ナノ

「こらなまえ、心配かけさせてまったく…」
「あんたがいないから部活も覇気がなかったよ!」


友達の抱きつかんばかりの勢いにすこし押されつつもうれしくて、思わず口元がほころんだ。


「ごめん…ありがとう」
「そもそも丸三日熱出したってほんとなの?」
「ほんとだよ!」


せっかく熱出しながら送ったメールを信じてなかったのか、うなずいたら信じられない!ってものすごいびっくりされた…失礼な。そういえばよく私の置き勉スタイルがわかったね、と三人にメールを送ったときも、あんたのことだから理系科目は置きっぱなしに決まってるし、なんて失礼なことを言われた気がする。

今日も朝から教室移動、向かう先はどういうわけか三日前と同じ化学室。教科書ノート電子辞書を筆箱といっしょにかかえて、いつもの四人でたらたらと階段を登った。


「部活の方はどうなった?」
「部長がめちゃめちゃ心配してたよ」


あのひと絶対なまえに気があるんだよ、と器用にも階段を登りながら、冷やかしまじりに背中をたたいてくる友達に苦笑した。

だって部長はこの子がすきだから、私をダシにつかってこの子に見え見えのアプローチをかけてるっていうのに。反対側で、もうふたりの友達もため息をついていた。気づいてないのは本人くらいなものだろうな。


「あ、すきといえば思い出した!」
「あ、そういえば」
「そうそう!」


ちょうどひとりめがフロアに着いたとたんに声を上げて、つづいてみんな一斉に私を振り返る。

段差で上から降り注ぐ視線にたじろいだら、今度はそれが一斉に、にやにやと何やら怪しい笑みに変わった。いやな予感がする。


「来たら聞こうと思ってたんだけどさ。なまえ、グリーンくんと仲良かったんだね?電子辞書返しに来てたよ」


予感は的中した。あるいはこれが、逃げ出したことに対する報いなのかもしれない。


「……べつに、仲良いってほどじゃ」
「わかってるよ、グリーンくんモテモテだもんね。…でもすきなんでしょ?」


化学室にはまだ先生が来ていなくて、男の子も女の子もわいわいがやがやと騒がしい。四人で、空いていたいちばん後ろのテーブルを陣取った。

にやにや笑ったくせにこういう大事なときにはちゃんとまじめな顔をしてくれる、そんな三人がだいすきなのに、ずきずきと心臓の裏側が痛い。

一度はぐちゃぐちゃになったはずだった。グリーンとちゃんと話す自信はまだ、ゼロのまま。


「……う、ん」


かすかにうなずいた。がたがたと机のうえにのっていた椅子を下ろす音で、いつのまにか先生が来ていたのに気がつく。


「当たり前だけどさ、応援するから」


前に向き直りざまに、にっこり笑ってくれた三人に笑い返したけれど、うまく笑えている自信もない。

何気なく開いた電子辞書は国語辞典で、打ち込んだままの文字が、静かに私を見返してきた。
ace/110216
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