novel | ナノ

きれいな色に浸されていた。

まるで海みたいに、私の胸あたりでそれは波打っている。濃淡のある柑橘系のシャーベットみたいなのに、冷たくないのが不思議な気がする。

どこかで見た色だと思ったけど、思ったより頭がぼんやりとして、うまくものが考えられない。だけどすごく好きな色だと思った。

カタン、と椅子の音がした。それも家のデスクの椅子じゃなくて、学校の椅子だ。金属と木だけでできた、簡素な椅子の音。

そう気づいたらいつの間にかやさしい色合いは消えていて、どこかに行っていた身体中の感覚が、まるで意識が身体におさまったみたいに戻ってきた。


「ん……?」


堅い椅子、ほおに当たるもこもこした肌触りはたぶん、いつも学校で着てるセーターのもの。


「わり…起こしたか?」
「だれ…?」
「だれって、おまえなぁ…寝ぼけてんのか?」


ガタン、ギィ、と椅子がきしむ音が、今度ははっきりと響いた。とたんにフィルターがかった思考回路もはっきりとして、私は勢い良く顔を上げた。


「ぐ、グリーン…!?」
「…ぶっ。なまえ、おまえ顔にセーターの跡くっきりだぜ」
「……えぇ!?」


あわてて顔に手をやった私の、前の椅子に座ったグリーンは、そんな私をみてケラケラ笑った。ひとの気も知らずに。


「な…グリーン、何でいるの?」
「べつに〜、クラスのぞいてみたら誰かさんが勉強もせず寝てっから、余裕だなって思ってさ」
「よゆ…違うよ、これは」
「はいはい」
「聞いてないじゃん」


はは、と楽しそうに笑うグリーンがなんだか久しぶりで、でも顔にできたでこぼこが気になってそれどころじゃない。

教室はもう薄暗くなっていた。右半分にできたセーターの跡をごしごしさすりながら電気をつけようと立ち上がったら、グリーンは私を見上げて首をかしげる。

そういえば最後にグリーンと話したとき、このふわふわした茶髪はぐちゃぐちゃになってたっけ。


「どこ行くんだよ」
「え…電気つけに行こうと思って」
「…ふーん」
「な、なに?」


グリーンもがたりと立ち上がって、アングルが一気に反転するからどきりとした。やっぱり上から見ても下から見ても、グリーンはグリーンだ。学年一モテる、優男。


「オレがつけてきてやるから座ってろ」
「なんで、電気ぐらいつけられるよ?」
「寝起きでふらふらして大ケガでもされたら、オレが悪いみたいだろ」


いいから座ってろ、と有無も言わせないまま、さっさと自分でつけてしまうグリーンの素早さに、まだすこしぼーっとしてる私が適うはずがなくて、おとなしく座りなおした。

スイッチを押して戻ってきたグリーンが、また私の前の席に座る。私は無意識にまた顔のでこぼこをこすった。


「あんま擦んなよ」
「だってグリーンが笑うし…」
「あ〜はいはい、もう笑わねーよ」
「……すでに笑ってるよね」
「笑ってねーよ」


にやにやしてるグリーンに見られるのが恥ずかしくて視線を落としたら、ぺったりつぶれたノートとプリントが目に入った。そうだ私、テスト勉強中に寝ちゃったんだった…。


「あ〜あ、見事にプレスしたな〜おまえも。まあしばらく爆睡してたしな」
「ちょっ…ここにどれくらいいたの?」
「ちょっと前からだけど?」
「ちょっと前って何時から?」
「…知りたい?」


マジで?と突然にやにやしはじめるから、つい、ひるんだ。


「や、やっぱりいい!」
「エンリョするようなことか?」
「いいってば……あ、勉強、勉強しなきゃ!グリーン数学教えてよ、分かんないとこたくさんあるの!」
「おまえ…本っ当に数学苦手だよな」


ちょっと呆れ返ったような口調だったけど、それでも口元が笑ってるから、少しだけほっとした。
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