ちっ、とグリーンは舌打ちした。そんなの、私だって同じだ。ざあざあと降る雨は止むところを知らない。…たしかにバス通いの私より、チャリ通のグリーンの方が被害は大きいけど。 「最悪だ」 「ほんとだよね」 つぶやきにうなずけば、グリーンはまたイライラしたように靴を鳴らしはじめた。かつ、かつ、かつ、かつ、いわゆる貧乏ゆすり。 「…グリーン、貧乏になるよ」 「は?」 「貧乏ゆすり」 「こんなもん誰だってするだろ。こんくらいで貧乏になってられるかよ」 くっだらねぇ、と吐き捨てたグリーンはなんだか、かなり機嫌が悪い。 校舎から出たときから怪しかった雲行きは、山でもないのにあっという間にくずれた。 私がひとり、広い屋根のついたバス停でバスを待ってたら、どしゃ降りの中から飛び込んできたのがグリーンだった。 雨は強くなる一方で、折り畳み自転車にまたがったまま、しばらくグリーンは無言だった。私も何も言わずに、グリーンの髪からぽたぽたと垂れるしずくをぼーっと見ていたら、グリーンがようやく舌打ちをしたのが、ついさっき。 そうして、いまに至る。 「なまえ、タオル」 「え?」 「だからタオルだよ。持ってねーの?」 「持ってはいるけど…」 水泳部だから持ってるに決まってる。ただ使用済みだから、躊躇した。 「貸して」 「え、でも使った後…」 「ないよりマシ」 ほら、と何かをたかってるみたいに手を差し出す。本人がいいならいいや、と半ばやけくそに、湿ったタオルを突き出した。 グリーンはお礼もそこそこにそれを頭から被って、わしゃわしゃと髪を拭く。私は黙ってそれを見てたんだけど、高鳴りはおさえようもなかった。 「……さみぃ」 「え、」 頭を拭き終えたグリーンは、そのままそれを羽織るように身体に巻き付ける。相変わらずどしゃ降りの雨は、私たちを視線から守るよう。雑に拭いた後で髪はぐしゃぐしゃなのに、額を伝うしずくから目が離せない。 「だ、だい、じょうぶ?」 「ああ…、たぶん」 どもってしまった問いにつぶやいたグリーンは、唐突に、ふ、と笑った。 「……塩素の匂いがする」 「…使用済みだって言ったじゃん…」 「なまえ、いつもこんな匂いするよな」 「…、こんな、って」 「だから、塩素臭?」 「……」 なんだかひどく侮辱された気がして、軽く笑ってるグリーンの、ぼさぼさになった頭をはたこうとした。…のに、 ……伸ばした手を、つかまれた。 「…お前さ、」 寒いと言ってたのは本当みたいで、手首をつかむ手は、思わず身をすくめるくらい冷たい。なのにつかまれたところは、急速に熱を発しはじめる。やだ、と思った。自分が自分の思い通りに動かない。 とっさに手を引こうとして、グリーンに阻まれる。痛いくらいの力。思いの外、真面目な顔だった。 「もっと、がんばれよ」 「……は…?」 「……なんで」 なんでお前、特進じゃねーんだよ、と、聞こえた、気がした。…したんだけど、車が水溜まりを跳ねとばしながら走っていく音で聞こえなくて。 ……ねぇ、それは、どういう、意味で…?ぱっ、と手が離されて、私の手は私の傍らに、力なく落ちる。雨は容赦なく、降り続く。 「グリーン、」 「バス、来たぜ」 遮られて振り返れば、ひとつ前の信号にひっかかってるバス。にじんだ表示で行き先がわからない。 …止まらないかもしれない、違うバスかもしれない、なんて願うのは、こんな機会めったにないから。テスト前にしか、ふたりで話す機会なんて、ひと月にあるかないかだから。 それでも、時間からして、あのバスに乗らなきゃいけないのは明白。それもぜんぶ、わかってること。 「じゃあな。これ、サンキュ」 「……うん」 あったかくして、風邪引かないようにね。…言葉は浮かんでるのに口から出なくて、タオルを受け取る手が震えた。きっと、夏の終わりの雨は、冷たくて寒いから。 ピー、と無機質な扉の開く音が鳴る。 ステップに足をかけて振り返ると、相変わらず自転車に座ったまま、ぼさぼさの髪の毛で、グリーンはひらひらと小さく手を振った。薄いほほ笑みが、薄い雨の幕越しに向けられる。バスと、バス停の屋根の間に降る白い雨。 私も手を振ろうと思ったのに、手を挙げたとき、扉は素早く閉まってしまう。ちゃんと振り返したの、見えたかな…。 運転手さんも、さっきまでのグリーンみたいに機嫌が悪いみたい。荒運転で急にカーブを切るから、私はあわてて手すりにつかまった。 手に持ったままのタオルがゆれて、塩素臭が雨の匂いに混じって香る。なんだかそれが恥ずかしかった。 ぽつ、ぽつと落ちてくる (甘いような)(錯覚) |