novel | ナノ

キュ、キュと体育館履きが音をたて、地響きのような足音が行ったり来たりしている。

壁にもたれかかってると、よりいっそうそれを強く感じられる。床に接する腰骨から、壁に接する背骨から、直に心臓に伝わるんだ。


「疲れた」
「お疲れ」
「……お前さ、もっと気が利いたこと言えよ」
「すいませんねご期待に添えなくて」


ボールがこちらに迫ってきて、伝わる振動が強くなる。それが心地いい。どきどきとひとり高鳴る自分の鼓動を意識せずにすむから、軽口をたたくのもいつもよりずっと楽になる。

男女で半分に分けられた体育館、その仕切られた緑のネット越しに、グリーンは疲れたとくりかえす。

真後ろにある小さな窓からは、しとしとと降る雨の匂いが、ほんのりした風にのって吹きこんでいた。


「売れっ子だもんね、バスケ部のエースさんは」
「別にエースってほどでもねーよ」


謙遜しながらも、グリーンはあからさまにうれしそうな声を出す。オレンジの目は行き来するボールを見つめていて、突っ立った茶色い髪の先から透明な汗が落ちる。


「…女子は今、何やってんの?」
「走り高跳び」
「楽しい?」
「まさか。バスケの方がずっとまし」
「は、マシ?」
「…じゃなかった、好き」
「まぁぎりぎり許してやるか」
「それはどうもありがと」


偉そうな物言いにちょっと笑いながら、すこしでもバスケの侮辱をするのは許さないと自己紹介でのたもうたグリーンを思いだした。1年のころから変わってないんだと思ったら、いまここでこうして座ってるのがふしぎな気さえする。

あるいは、私が変わったのかもしれなかった。はじめは嫌いで嫌いで、…あぁ、ちがう。気づきたくなかっただけだ。変わったのは、私。

男女共同で体育館を使うことも今までだってあったはずなのに、今日、初めてバスケをやってるグリーンを見た気がするのも、きっとそのせい。


「…お、出番か」
「がんばってね〜売れっ子のエースさん」
「当然だろ」


気ぃ抜けって頼まれようが無理なはなしだな、と立ちあがったグリーンは、とてもさっきまで疲れたと連発してたひとになんか見えない。

そうして歩きだしざまに振り返ったグリーンは、にやりと意地悪そうにくちびるを歪めて、オレンジの瞳を細めた。


「なまえ、お前オレにがんばれって言ったからにはちゃんと応援しろよ」


言いたいことだけ言って、ひらひらと手を振りながら出ていく後ろ姿は完全なるかっこつけ。何も変わらない。まるでファンの子たちに手を振りながら出ていったみたいに思える。

実際そうなのかもしれない。授業なのにも関わらず、自分たちの試合そっちのけできゃあきゃあ騒ぐ女子たちを、先生が黙らせようと必死になってる。

私に頼まなくたってこんなに応援はあるくせに、何もかも自分が一番じゃないと許せないなんて、本当に相変わらずだ。むかつく…そう思うのに、どうにもならない。激しくなってきた雨音にも隠せないほどの鼓動が異常に悔しくて、悲しかった。

かすかな風に、強くなった雨の匂いを感じたとき、ピッ、とホイッスルが鳴って、高々とボールが宙に放られる。電光を反射する固いそれを、グリーンが片手ではたき落とす。きれいに流れるつんつんした茶髪が実は今、汗で濡れてるなんて、きっと知ってるひとは少ない。

……見とれないはずがない。



(シュート入れるたびに目が合ったって)(結局は独りよがり)
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