novel | ナノ

※ちょっと注意



春といえど今日の夜はまだ薄ら寒い。

薄着失敗したなーと思いながらお風呂に向かう途中、大きなちゃぶ台の前にどっかりと座って、ひとりでビールを浴びるように飲んでいる侘助の背中を見つけた。

夏には親戚でにぎわうこの場所も、いま時期はがらんとしてどこか寂しい。

呼びかけるでもなく立ち止まったら、足音に気づいたらしい背中がゆるゆると振り返る。おまえか、と低く心地のいい声が鼓膜をゆらした。


「なに、私だったら悪かった?」
「いや、別に」
「…侘助ってアメリカ留学してたんだよね?」


何か話さなきゃと思ったら、ふと浮かんだ疑問が口をついて出た。知っているしみんなに聞いたことだけど、私はいまだに侘助が英語を話しているのを聞いたことがなかった。

話の流れをぶったぎることばに、すでに私から目を逸らしていた侘助はくっとちいさく笑い声をもらす。


「…おまえも飲むか?」
「……うん」


さらりと無視されたことに反発を覚えつつ、私は抱えていた着替えをかたわらに置いて、代わりに空き瓶の間に伏せてあったちいさめのコップを手に取った。

とぷとぷ…と侘助がついでくれるビールが、私はあまりすきじゃない。飲みはじめてまだ日が浅いせいか、苦いばかりでちっともおいしくないから。


「おまえももう成人か…」
「そうだよ」
「オレも老けたもんだな」


ふ、と泡をふくむ口元に皮肉めいた笑みが浮かぶ。それがひどく大人をみせつけるようで、胸がずきりと傷んだ。

隠すように私もビールをふくむ。…やっぱり、苦くてまずい。


「…ねえ、侘助ってアメリカにいたんでしょ?」
「ったく、こだわるなぁおまえ」
「じゃあ金髪美人の彼女とかもできたんでしょ?」
「は、金髪美人?」


ばかにしたように問い返すその横顔をみて、なぜだか私が泣きそうになった。ああ、やっぱり私なんかには侘助のきもちはわからないみたい。

かつん、と音を立てて侘助はコップを台に置く。残った泡が内側をつたって落ちていくのを見ていれば、侘助の手がうごくのがかすかに見える。

口元を拭ったらしいのが、影のうごきと合わせてよくわかった。


「…何おまえ、俺の女関係知りてーの?」


とつぜんにやついたような口調でズバリ図星をつかれてどきりとする。

反射的にとなりを見たら、ことばに違わぬ意地の悪い笑みを浮かべた顔がこちらを向いていてまた心臓が跳ねる。


「…侘助、酔ってる?」
「そらすのはよくねーな」
「さっき侘助もやったじゃん」
「最終的には肯定したろ」


…だめだ、かつて世界を危機に陥れるほどの人口知能を開発した男に、私みたいなただの新米成人が口げんかで勝てるわけがない!

悔しい。くちびるを噛みしめたら勝利を確信したらしく、またにやにやされた。


「くちびる、傷になるぞ」
「だれのせいでしょうね」
「さあな」


目を閉じて肩をすくめてそしらぬふりをする。そんな仕草を含めても、侘助が取る行動ぜんぶに手のひらで転がされるのは私が子どもだからであり、侘助が大人だからなことに他ならない。

それが、たまらなく悔しい。


「…あ、待って私が注ぐ…」


侘助が瓶にのばす手より先にとつきだした手首を、なぜか侘助がつかんだ。

包むぬくもりに、一拍置いたあとその部位が燃えた。その熱が脳内を焼き尽くす。


「まあ、教えてやらねーこともないぜ」
「え?」
「だから。大人の恋愛、ってやつ?」


いつもなら、何言ってんのって笑い飛ばすことができたのに。

つかんだ手を入れ替えて上半身を捩ってきた侘助が、私の後頭部を手のひらでつかむように腕をまわすのは一瞬のことだった。


「……!」


髪のあいだにすべりこんで直に肌につたわる指先が、何度も角度を変えて合わされるくちびるがやさしくて、薄ら寒かったはずなのに広がった熱が溶けそうにない。

そのうちぺろりと下くちびるを舐められて、びっくりして呼吸をもらした隙間から舌が入ってくる。

しーんとした広間、冷たい畳、かすかに香る夜風。だんだん苦しくなって、だらりと力なく畳についていた手で侘助を押し返す。

すこし離れて静止したお互いのくちびるから、はあっと熱い息がもれる。かすかに自嘲をふくんだかすれ声が聞こえた。


「…まだまだ子どもだな、俺も」
……Thanks;逃避行
110413
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