「ねえ、何してるの」 「夕ご飯を作ってるの。みればわかるでしょ?」 「ボクが聞いているのはそういうことじゃないよ」 「ねえN、指切っちゃうよ」 背中にぴったりくっついたNからわずかに感じる重みが、私はきらいじゃなかった。窓の外はあまずっぱく染まっていて、すぐとなりではタマネギがあめ色に変わろうとしている。 てもとが狂いそうになる私に、Nはみみもとでくすくす笑った。そういうのやめてほしいって、前にも言ったのに。Nはあたまがいいから忘れたはずがない、きっと確信犯だ。 「だいじょうぶ。きみが指を切ったら、応急処置をすればいいんだろう?やり方は知っているよ」 「だけど切りたくはないから。痛いし」 「そうだね。きみが痛いのは、ボクもいやだ」 そういいながら、Nはとつぜん、私の首筋にキスをした。びっくりしすぎてちいさく跳ねた私の身体をさらにきつく抱きしめて、またくすくす笑う。タマネギが悲鳴をあげている。 「ちょっとN、なにするの!」 「だってきみ、いいにおいするよ。はやく食べたい」 「いいにおいなのはあっちで悲鳴をあげているタマネギくんだからね。じゃまするとご飯がどんどん遅くなっちゃうよ」 「いいよ」 いつもならここで笑いながら離れてくれるのに、今日にかぎってNはべつの答えをよこした。 思わずふりかえったら、思いの外すぐちかくにNの顔があった。黄緑色のきれいな前髪が、私のひたいにふんわりと当たるくらい、ちかくに。間近のひとみがじりじりと焦げついている。 「ご飯なんてあとでいいから」 反論する間ももらえずに呼吸を奪われる片すみで、こっそりタマネギくんに謝ることは、どうにか忘れずにおこなうことができただけでも奇跡かもしれない。 20110610~20110621 p.m.6:00 |