※捏造有り、旅仲間設定 まだどことなく弱い日差しを浴びて、小川はきらきら光っている。 透明な水をすくったら、弱い光でも多少は温められたらしく思いの外つめたくはない。ぼんやりした意識を覚まそうと、寝ぼけまなこの自分が映るそれを、ばしゃりと思い切り顔にかけた。 「あれ、なまえ?」 3回くらい繰り返したところでかけられた声。びしょびしょの顔を上げるわけにもいかずに、声だけで相手を判断する。 少年らしいこの声は考えるまでもないんだけど、この時間にサトシが起きるのは珍しい。いつもならいちばん最後なのに。 「おはようサトシ、今日は早いね」 「なまえもだろ?」 いつもなら、いちばん最初に起きるのはタケシだ。タケシが朝食の準備を始めたころに私が起きて、いちばん最後はいつもサトシ。からかうたびに、お前は食い意地はってるからだろ、とか言い返されるけど。 今日は、珍しくタケシはお寝坊さんらしい。 川べりにしゃがみこんだ私のとなりにサトシもしゃがんだのが、気配でわかった。同じように顔を洗うのかと思ったのに、なかなか水音が聞こえない。 顔を流れ落ちていく水滴が、さらさらと潤んだ音を立てる小川にすいこまれて波紋をたてるのを見つめた。 「サトシ…?顔洗わないの?」 「お前こそ顔拭かないの?」 言われてようやく、抱えこんでいたタオルの存在を思い出す。なんだかあわてて顔を拭いたら、ふかふかのタオルの中で、となりからの笑い声が耳をくすぐった。 朝早いせいか、静かで穏やかな空気にちいさな笑い声はよく響く。 「な…なに笑って」 「ははっ、だってなまえ、いつもとちがってなんか可愛いからさ」 「……」 「え?……あっ!いやべつにそういうわけじゃ…」 ようやく顔も拭けて、ようやくいつもみたいに寝起きですこし寝癖のついたサトシの顔を見れたのに、サトシがへんなこと言うから私は固まった。 それにびっくりしたのか、急にあわてだしたサトシの顔はだんだん赤く、本当にマトマの実みたいになっていく。 それを見ていたら、なんだかこっちまで、お腹の方から首もと、頬っぺた、頭のてっぺんまでぐんぐん血がのぼっていくのがわかった。ポンプは今までにないくらいの強さで鳴っている。 さっきまで聞こえていたはずのすべての音は聞こえなくなってしまった。 「〜っ、だから!あれはその、お前が!いつもはオレを子供子どもってバカにしてくるくせに、寝起きはそんなことなくて、むしろいつものかちかちした感じがないというかふにゃふにゃしてるというか…」 だんだん尻すぼみにちいさくなる声と比例して、同じように川の方を向いて膝を抱えてちいさくなるサトシ。 最後の一言がかすれて消えたとたんに、世界に音が戻ってきた。ちゃぷん、と浅い川で赤ちゃんサイズのコイキングが跳ね、遠くの森にポッポたちが飛んでいく。 ひそやかに太陽は昇っていて、さっきより水はあったかくなっているような気がする。 どきどきと早鐘を打つ心臓がちょっとおさまるまで、私は声が出なかったし、もうサトシも一言も話せないみたいだった。 「え…と、サトシ…」 ようやく決心して発したことばに、膝を抱えたサトシの肩がびくりと跳ねる。それに一瞬口をつぐんだ私は、気がついたらくすくす笑っていた。 腕のなかにうめられていた顔がひょっこりと出てきてこちらを向く。やっぱりまだ赤い。 「なんだよ…」 「ううん、なんでもない」 「言いながらまだ笑ってるし…」 悪かったな子どもで、と珍しくふてくされたみたいなサトシが急に大人に見えた。 タケシはまだ寝ているらしい。 「…今日は私たちでご飯つくろっか」 「…え…?いいけどオレ、なにもできないぜ?」 「大丈夫!私、先に行ってるからサトシも顔洗って早くおいでよ」 「あ、うん…」 拍子抜けしたみたいなサトシはもう体育座りを崩していたけど、その顔はやっぱりまだ赤いままだった。 立ち上がったことで頬に当たる風が涼しい。 Thanks;曖昧
110309 |