バドミントンのラケットを片手に持ったまま、ベンチに座り込んでむすっとしている傑はなんとも形容しがたいものがあった。 いつも無表情じゃん、と言われればそれまでだけど、私はサッカーしている時や友達といるときの、普段の何倍も何千倍も表情豊かな傑を知っている。 家族以外なら私だけに見せてくれる穏やかな顔も、照れ笑いも、やさしさも知っている。 笑顔やいたずらっ子みたいなとくい顔、真剣な表情、怒った顔なら別段驚かない。 だからこそ、何とも言えないものがあるんだ。 「え、と…傑?」 傑の持っているラケットと対の片方を持って、私はベンチに近づいた。 ひろい公園の一角に3つほどならぶコートで、私たちの他にバドミントンを楽しんでいるのはおじいさんやおばあさんだけ。だからこそ、日本サッカーの救世主とうたわれる傑がこうしていられるわけだけど。 呼びかけたら、ばしばしと鷹のようなスマッシュの打ち合いをしている老夫婦を見ていた目が動いて、私が映るのがよくわかった。 私の背後にある太陽がまぶしいのか、すこし目が細くなる。 「……なまえは、すごいな」 あまりにも唐突に言われたものだから、意味がわからなくてまばたいた。 傑からは私の表情がうまく見えないらしく、私をとらえていたまっすぐな視線はまた、空を行き来する白いシャトルに移っていく。 「オレにはサッカーしか能がないのに、お前は何でもできる」 そう言った傑は、ひょいひょいと無意味に持っていたラケットを上下させた。 傍から聞けば、なんて贅沢をと不快になるひともいそうなつぶやきだ。それは傑の才能がサッカーに特化してるからで、いわゆる天才ゆえの悩みごと。凡人だったら、できないものがないかわりにできるものもない。 天才と騒がれる少年だけど、やっぱり同い年だと思えたら安心する私がいた。抱える悩みはちがうようにみえて、同じことみたい。 「…傑はさ、サッカー最初から上手かったの?」 傑のとなりに腰を下ろしたら、スペースは十分なのにわざわざすこし脇によけてくれるのに気づいて、思わずこらえきれない感情がくちびるからにじみ出た。 「……どうだったかな…気がついたらサッカーしてたから、覚えてない」 「でも、練習はしてたでしょ?」 「それはそうだけど」 不思議そうに私を見る切れ長の目はもうまぶしそうじゃなくて、私のしらないちいさな傑を知っているような気がした。 「みんな、練習して上手くなるんだよ。何も変わらないでしょ?」 ことスポーツにおいては私より傑の方が詳しいから、これ以上私から言えることはない。 目を逸らして見つめた先のシャトルがバシッとひときわ強くはたかれて、長かったラリーに終止符が打たれる。 激しい攻防戦を終えて清々しい顔をした老夫婦は、スポーツタオルで汗を拭きながらにこにことこちらに近寄ってきた。 「どうぞ、コート空きましたよ」 「ありがとうございます」 私よりはやく返事をした傑にびっくりしてとなりを見れば、傑はもう立ち上がりかけていた。 「……行くぞ」 振り向きざま差し出される手を取って、私も立ち上がった。 つながれた手にはもう迷いがなくて、傑の踏ん切りのよさにあらためて感服してしまう。 きらきらと心地よい光に照らされるコートで、ネットをはさんで向き合う前に、もうすこし、このやさしさに触れていたいと願った。 110307
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