入学した当初は、まさか友達になれるとは思ってなかった。 同じ学年に天才サッカー少年がいること、しかも超美形なんだということは入学前から有名な話で、実際、ちょっと遠目からちらりと見えた女子に囲まれた姿はたしかにかっこよかった。 だけど私の中でそれは別世界のことで、興味の半分も削がれなかった。 …というのも、その張本人、逢沢と同じクラス、となりの席になる前までのはなし。 ひょんなきっかけから喋るようになった逢沢は、最初の方こそぶっきらぼうでつっけんどんだったけど、私が変わらず他の男子と話すのと同じように話していくうちに、だんだん打ち解けてくだけた話をしてくれるようになった。 「なぁ、先生髪型変えたよな」 こそ、と音量を押さえてささやかれることばに、ノートから顔を上げた。 逢沢はとなりの席でにやっといたずらな笑顔を見せて、シャーペンの頭でくいくいと先生を示す。ちょうど黒板に向かった、年配の男の先生の後ろ髪はたしかにさっぱりしている。 「あー、ほんとだ。先生たしかに髪切りたいって言ってたからなぁ」 「なんだ、お前親しいのか?」 「えー、あー、まあまあかな」 「なんだそれ」 はっきりしない私のことばに、逢沢はくっくっと押し殺した笑い声をあげる。すでにいつもより早めのリズムを打つ鼓動が、ひときわ大きな音をたてた。 教室の右端、後ろ寄り。目につきにくい席なおかげで、私たちの会話は先生にさえぎられることがない。逢沢の人気はとどまるところを知らないから、時たま向けられる視線は鋭く尖って突き刺さる。 だけど、私はひるまなかった。…ちがう、ひるめなかった。逢沢の方から話し掛けてくれるうれしさの方が、逢沢と話していられる楽しさの方が、向けられる嫉みの何倍も強かったから。 「ちょっと、なにもおかしいとこなんかないでしょ」 「いや、おかしいだろ」 「なにが?」 「お前が」 「…ぜんっぜん答えになってないよ、逢沢」 「知ってる」 な、とことばを失う私に、また笑う逢沢。ぎゅっと心臓を襲うやさしい痛みを、私はもう認めている。 入学したころは、まさかあのウワサのサッカー少年にこんなふうになっちゃうなんて、思いもしなかったのに。 「…あ、」 「え?」 「消された…」 気が付いたら笑い終えた逢沢が黒板を見ていて、私もそちらに視線を移す。見返してくる深緑は皮肉なまでにぴかぴかで、私たちは思わず顔を見合わせる。もちろんお互いのノートは真っ白。 どうしようと焦った私を見定めたのか、逢沢はまた、一度のどに溶かしたはずの笑みを浮かべてきた。 「お前、古典とくいだよな」 「…は…え?言ったっけ?」 「いや。でも影で有名な話だよ」 「うそ!?」 有名になるほど得意な覚えはなくてぎょっとしたら、とたんに笑みを深くする逢沢にいやな予感がした。 「ああ、うそだけど」 「ちょっ……!」 またしても絶句するしかない。さすがにこんなに意地が悪いとは思ってなかったけど、さらに逢沢のたちが悪いのは、 「まあ、でも当たっただろ?」 「それは……そうだけど」 「なら、先生に聞いたらあとでオレに教えてくれ」 な、と念を押してくる笑顔でさえ、私のこの心臓の高鳴りを知ってるんじゃないかと錯覚させるくらい、破壊力を備えていること。 これが素だからずるいんだ、逢沢は。気づいてもいないくせに。 Thanks;xx
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