novel | ナノ

ティーポットにお湯を入れてあたためて、茶葉をいれたらお湯を注いで蒸らす…。デントくんに教えてもらった手順をあたまの片隅、記憶のなかからひっぱりだしながらなぞっていく。

透明なガラスポットのなかでくるくると葉っぱがはねたり踊ったりしているのを確認してほっとした。

「どう、できてる?」
「うん。起きてるよ、ジャンピング」
「それはなまえが上手な証拠だね」

がちゃりと部屋のとびらを開けて入ってきたデントくんは、持ってきたトレーをテーブルの私の正面に置くと、向こう側からポットをのぞきこんだ。

きれいに片づけられたデントくんの部屋は、余計なものがないせいかやけに広い。部屋の中央に置かれたちいさなテーブルはふたり用で、さらにそのどまん中にあるまあるいポットごしに目があう。

マホガニーみたいな色をしたデントくんは、そのままふわりと笑った。

「うん、色も香りもよく出てるね」
「よかった。ちょっと不安だったんだ」
「そうなの?僕はなまえの煎れたものならなんでもおいしく思えるけど」

なかの紅茶まで甘くなりそうなことばをさらりと落として、デントくんはガラスのむこうから姿を消した。熱くなったほおをそのままぺたんとテーブルにひっつけながら、私も視線を移す。ひっくりかえした砂時計は半分を経過したところみたい。

デントくんがトレーで持ってきたのは、ちいさなお皿にのったスコーンと、メイプルシロップのはいったちいさなピッチャー。これもガラス製で、どんどん色が濃くなっていく紅茶とはまたちがった茶色をきらきらと光らせている。

「これ…なに?」
「ポッドがつくったきいちごのジャムだよ。スコーンと相性がいいんだ」

次々置かれていく食器たちのひとつに入った赤いとろりとしたものは、お手製のジャムらしい。市販のそれとは違う、もっととろとろしたそれに、私は目を丸くした。

「もっと固まってるものだと思ってた」
「工場でつくるものには、そういう添加物が入ってるからね」

最後に、ちゃんとあっためてあるティーカップとソーサーをふたつ置いて、デントくんは向かいの席に腰を下ろす。何をしているのかよくわからないけど視線だけはやけに感じて、逆に顔を上げるのが恥ずかしい。

ちょっとの間、沈黙が流れた。

いたたまれなくて、とりあえずすぐそこにあるポットから感じるかすかな熱気に集中しようとしていたら、とつぜんさらりと髪の毛がひっぱられた。

「…いつも思ってたんだけど」
「…うん」
「女の子は髪がきれいだね」

テーブルに片ほおをくっつけているせいで広がった髪を、さらさらとデントくんの手がなでている。ポットの熱気もなにもかも、私の頭から吹き飛んだ。

なんだろうこれ、やけに恥ずかしい。テーブルの上で心臓があばれている。

「…そう、かな」
「うん。特になまえの髪って、いつもきらきらしててすごくすきなんだ」

言いながら髪の毛を伝って、デントくんの指は私の首もと、こめかみ、額へとさかのぼってくる。

髪の毛ごしに伝わってくるぬくもりがつめたく感じるのはたぶん、私の顔が熱すぎるからで…だめだ、やっぱり恥ずかしくて耐えられない。

がばっと体を起こしたら、デントくんはまるでそれがわかっていたみたいに手を離して、それからまたにっこり笑った。

「さあ、お茶にしようか」

気づかないうちに砂時計はすっかり時を刻み終えていて、デントくんがポットのふたを取りあげる。試作品なんだとデントくんは言うけれど、部屋いっぱいに広がった香りもちょっと照れたような表情も、だいすきになりそうな気がする。

恥ずかしくて言えないけど。
110412
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