novel | ナノ

デントはやさしすぎる。

私がお腹へったと言えば何かつくってくれるし、暇だといえばどこかに誘ってくれる。眠いといえば部屋のベッドを貸してくれるし、疲れたら抱きしめてくれる。

それが不安で仕方なかった。

ぜいたくな悩みかもしれないし、実際そうなんだろう。友達に言ったらべしっと痛いのをお見舞いされたからわかる。だけど不安なものは不安なんだ。

明らかに依存しているのは私の方。


「…どう思う?」
「なんでそれをコーンに聞くんです」
「え…だってほら、兄弟でしょ?」


今日はお店は定休日。デントは新しいレシピのアイディアを思いついたとか言って、休日だっていうのに私が来る前から厨房にこもったきりらしい。

朝ごはん時にサプライズで来たつもりだったのに、拍子抜けした私を出迎えたのは、ちょっと目の据わった感じのコーンだった。そうして今、私は朝ごはんを食べるコーンにこうして相談をもちかけているわけで。

はあ、と重たいため息をついたコーンは、器用にスクランブルエッグを運んでいた手をとめて、フォークをお皿に置いた。


「どう思う、兄弟から見て」
「そうですね…」


コーンはきれいな流れでナプキンで口元をぬぐう。そしてもったいぶったように下げていた視線を上げた。


「こちらとしてはすこし、気持ち悪いですね」
「……え?」
「だいたい、うじうじしているあなたもあなたです」


どうしてどうでもいいわがままは言えるのに、こういうことは直接言わないんですか。

とつぜんフックを食らったようにびっくりした私を見て、コーンは言いたいことは言ったとばかりに焼きたての窯焼きパンを手に取る。

ぐしゃりとためらいなくふたつに引き裂かれるそれを見ていたら、厨房の扉がひらいた。


「あ、なまえ。来てくれてたんだ」
「デント…」


ひょっこりと顔を出したデントは、まだ朝の早いうちに私がいることに別段おどろきもせず、にっこり笑って、大きなプレートを持ってやってきた。

かたん、とやさしくテーブルに置かれたそれはデントの朝食らしい。ポットの紅茶を自分のカップにそそいで席に着く流れは、コーンの所作に負けず劣らずきれいで思わず見とれてしまう。

入れ代わりに立ち上がったコーンが、プレートを持ちながら尋ねた。

「試作品のほうはどうなんですか」
「うん、しばらくは冷やすだけだよ」
「ということは、今は冷蔵庫に?」
「そうだけど……、あっ!」
「大丈夫、コーンが行きます」


なぞの会話を残して去っていく間際、コーンはちらりと私とデントのテーブルを振り返った。

パタンと扉が閉まる。さっきまで殺伐としていた空間はかわらず沈黙をかかえているのに、デントがいるだけでその沈黙が暖かくなった。


「…なんのこと?」
「ああ、ポッドがまだ寝ているから。冷蔵庫を開けないよう頼まないといけないんだ」
「…なんで?」
「僕の試作品が冷菓だからだよ」


新鮮なトマトをざくざく切って使ったスープのおいしさは私も知ってる。デントはそのスープを上品に食べながら、眉を寄せている私をみとめてやさしく笑った。


「冷蔵庫を開けると、冷気が逃げてしまうからね」


私の眉間を、デントの指が軽くつっつく。楽しそうにきらきらした目がのぞきこんできた。子どもみたいに駄々をこねてぶすくれる私をなだめるときのデントの顔。


「なまえ、むずかしい顔してるよ?」


いつもならここでだまされたみたいに笑ってしまうのに、今回はそれさえも、私の不安をあおりたてる材料でしかなかった。

わがままで、子どもで、何ひとつしてあげられない私を、デントはどうして甘やかしてくれるんだろう。

わからない……。


「こら、なまえ」
「うぇっ?」
「ひとりで悩まないこと。約束したはずだよ」


いつの間にかスープは空っぽになっていて、デントの手はパンにのびることなく、私の頭をさらさらと撫でてくれている。デントは撫でるのが上手くて、髪はぜんぜんぐしゃぐしゃにならない。器用なのかもしれない。

もつれ合っていた気持ちが、だんだんほぐれてやわらかくなる。


「…デントは、」
「うん」


私に、何をしてほしい?

ちょっとびっくりしたみたいな間があった。緑色のカップからゆらゆらと湯気が昇り、うずまく。

答えたデントの声は笑っているみたいだった。


「…なんでもいいの?」
「うん、もちろん!」
「じゃあ」


髪を撫でていた手がすべり、耳の辺りでやさしく一房をつかまれる。

デントが身を乗り出して、食器がかしゃんと擦れ合う音がひびいたけど、気にしてはいられなかった。
Thanks;ace
110420
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