面倒くさいと悪態をつきながら先を歩くユウキくんのリュックは、改めて見ると結構大きくて、いったい何が入ってるんだろうなんてすこし気になった。 ホウエンは今日も全体的にいい天気で、とろける太陽の蜜はミシロタウンを出てから、ここカナズミに着くまで一度だって途切れなかった。 「いいかなまえ、とりあえずオレがやってみせるから、おまえはまず見てろよ」 大きなデボン社のビルに目を奪われていた私は、町の外れに来たところで指を突きつけられて戸惑った。 うっとりするような春の陽光のなかでびゅうびゅうと冷たい風をまとうユウキくんは、はっきり言って怖い。同い年とは思えないくらい迫力があるのは、なんだかんだ言っても先輩トレーナーだからなのか、はたまた男だからなのか。 「う…うん。わかった」 「…本当にわかってんだよな」 「うん」 せいいっぱい真面目な顔でうなずいたら、冷たい視線のままユウキくんはじろじろと疑わしげに私を見た。どうしたのかなんて愚問だけど。 前に一度、今日みたいにオダマキ博士の研究のお手伝いを頼まれたときの大失敗を思いだす。たしか育て屋さんのはりこみをして、たまごができる瞬間をしっかり確かめるんだったのに、私が居眠りをして結局ぐちゃぐちゃになった、あの話。 「…ま、わかってんならいいけどさ」 何も言わない私から視線を反らしたユウキくんは、さっさとくさむらに入っていく。最初こそ文句を言われたけれど、ユウキくんは私の過去の失敗を水に流してくれている。 今日のお手伝い内容は、カナズミ周辺の生態を知ること。バトルとは違うやり方にまだまだ不安の残る私を気遣ってか、ユウキくんはいつもお手本を最初に見せてくれる。 追いかけてくさむらに入った私に、ちいさな影がぶつかってきた。 思わず上げた声に、ユウキくんが振り返る。 「なまえ!おまえそいつ…」 「ごめん…なんかケガしてるみたいだから、つい」 「…ったく」 生態調査なんだから、研究者が野性のポケモンに関わるのなんてもっての他。なのに、足にぶつかってきたちいさなエネコを放っておけなくて思わず抱きかかえてしまった私に、ユウキくんははぁとちいさなため息をついた。 呆れられたかもしれない。 いつもならユウキくんになんと思われようと気にしないのに、なんだか急に怖くなった。 「ご…めん、私この子ポケモンセンターに連れていくから、ユウキくんは先に調査しといてよ」 「必要ないだろ、そんなこと」 きびすを返しかけた私に投げかけられたことばは、本当にユウキくんが使ったことばなのか…とっさに信じられなくて、私は立ち止まって振り返る。 ユウキくんはさっきの場所を一歩も動いていなかった。くさむらのなかで、強い視線を交えるのはやっぱりどうしてか、怖かった。たった数歩分しかはなれていないのに、ユウキくんがすごく遠い。 腕のなかのかすかな温もりが、小刻みにふるえている。 「必要ないって…見捨てろってこと?」 「じゃなくて。これ使えよ」 ぽいっと無造作に投げられたそれをあわててキャッチしたら、片手だけで不安定だったのか、エネコがちいさく鳴いた。 空に伸ばした手がつかんだのは、いいきずぐすり。 「あと、これも。…落とすなよ」 「え?わっ…!」 「ばか、落とすなって言ったのに何やってんだよ」 「だ、だってユウキくんが急に投げてくるから!」 あわてて伸ばした手は今度は宙をつかみ、それに当たってくさむらを転がったのはなんでもなおしだった。 すこしでこぼこした道だから、そのままころころ転がりはじめるそれを拾うためにあわててしゃがんだ私の頭の上で、ユウキくんがおかしそうに笑う。 「おまえ、くさに埋もれてるんだけど」 「なっ、笑うことないでしょ!」 「無理」 ようやくスプレーを拾ったら、無意識に膝に乗せていたエネコが不思議そうに私を見ているのに気がついた。 相変わらずユウキくんは笑っていて、くさむらにはあたたかい太陽が降り注ぐ。 「…で、治療しないのか?」 笑みを含んだ声にようやく我に返る。いつの間にかものすごいスピードで脈打っていた鼓動に、自分でもびっくりした。 見つめてくるちいさなぬくもりを撫でながらあわててスプレーする黄色い液体は、透きとおってきらきらしていた。心臓はまだ落ち着かない。 Thanks;ace
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