長くのばした髪を、青空みたいに深い色のリボンでひとつに結んで、それをさらさら風に乗せながらアゲハントといっしょに若草みたいな太陽の光を浴びる。 どこで見たのか、何ていう題名だったのかも思い出せないけれど、まだ小さかった頃にそんなしあわせそうな絵を見たのだけは覚えている。 あれをひとめ見た瞬間に、幼い私は、ああしあわせってきっとこういうことを言うんだ、と直感したのだ。 そんな大切な思い出の絵だから、本当に、信じられなかった。 「……うそ…ほんとに…?」 「やっぱりこれか?」 ひそめられた声で尋ねられた問いに、感極まって私は何回もうなずいた。 微妙な光の色合い、繊細な筆遣い。さらふわのやさしい髪質も、みずみずしい若草も、凛としたアゲハントの羽根も、記憶にあるそれより格段にきれいで、きらきらして見える。 勢い余ってそう言ったら、一瞬びっくりしたみたいに黙ったユウキくんは、何やらおもしろそうに笑いだした。 「なまえ、芸術家みたいだな」 「え…そ、そうかな?」 「絶対そうだろ。だって今のせりふ…」 言いながらまた思い出したらしく、言葉尻は押し殺した笑い声のなかに溶けてしまった。 あまりに爆笑されるとだんだん恥ずかしくなってきて、お腹を抱えて苦しそうに笑うユウキくんに、じわじわ私のほおが赤くなっていく。しーんとした大きなミナモ美術館では押し殺した声もなかなかに響くから、なおさら恥ずかしい。 ぎゅっと袖を引っ張ってみたけど笑いは収まらないみたいで、ユウキくんは笑顔をそのままに私を振り返った。 子どもみたいに無邪気な笑みに、思わず一瞬、言葉に詰まった。 「ユウキくん…、笑いすぎ」 「仕方ないだろ、なまえがヘンなこと言うから」 「なっ、私のせい!?」 思わず上げた声が思いの外大きかったみたいで、静かにゆったり鑑賞していた他のお客さんに睨まれてしまった。あわててふたりで頭を下げる。 「…ばか、何やってんだよ」 「ご、ごめん…」 だけどおかげで、ユウキくんの笑いはおさまったみたいでちょっとほっとした。 ふたりで身を縮めながら、私はもう一度絵を見上げた。前に見たのはジョウトだったから、まさかホウエンの美術館に安置してあるとは思わなかった。 ユウキくんに教えてもらえなかったら、そしてつれてきてもらえなかったら、きっともう一生見ることはなかったんだろうな。 「ユウキくん」 「しっ、声がでかい」 「そんなに大きな声出してないよ」 「お前の声、ひびくんだよ」 せっかくお礼言おうと思ったのに、ユウキくんは眉根を寄せて人差し指をたててくる。自分だってさっきまで笑い転げてたくせに。 清涼な風に満ちた、私のしあわせを具現化したような絵の前に立つ私たちの後ろを、さっき睨んできたおじさんが通り過ぎていって、思わず私もユウキくんも身を固くする。 通り過ぎたときに流れた空気は、タバコの臭いがした。 「……えっと…出よっか」 「他のはいいのか?」 「うん…。たぶん、これ以上に好きになれる絵にはもう出会えないと思うし」 「…なんで?」 「しあわせだから」 そう言ったら聞いたくせにふうん、とよく分かってなさそうなまま、ユウキくんはするりと私の手を取って歩きだす。きっと次はミナモデパートに行くんだろうな。 ユウキくんは手をつないで最初の数分間、私に顔を見られるのをすごく嫌がるから、私はおとなしく数歩後ろから引っ張られなくちゃいけない。 ユウキくんの手があったかいなって思いながら、ユウキくんが見つけてくれた幼い大切なしあわせに、ちいさく手を振ってさよならを言った。 Thanks;ace
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