novel | ナノ

がたん、がたん、とわずかに伝わる振動は規則正しく、だんだん眠気をさそう。かたん、といくぶんやわらかな振動を最後に、列車は真っ暗なトンネルに突入した。

極端に人の少ない先頭車両はがらんとしていて広すぎるけど、私とマツバさんはとなりに座っている。しっかり指をからめられてつないだ手は、マツバさんの膝のうえに乗っている。

乾いた手のひらはたしかに温かいと感じるけれど、それが私のぬくもりなのか、マツバさんのぬくもりなのかはよくわからない。

久しぶりに会えたせいか、さっきからずっと、鼓動が早かった。記憶にあるマツバさんのとなりは、とても落ち着く、安らげる場所だったはずなのに。

ぼんやりそんなことを考えていたら、思わずマツバさん、と呼びかけていた。


「どうしたの?」
「あ…、いえ、呼んでみただけです」


自分でも意識しないまま呼びかけていたことに恥ずかしくなって、ちょっとあわてて返事をした。膝と大きな手のひらに挟まれた手も急に恥ずかしくなって引っ込めようとしたら、それを敏感に察したマツバさんの手のひらに阻まれる。

思わず視線を送れば、はからずも近い位置にきれいな金の髪が揺れていた。


「なまえちゃん、」
「は…はい…?」
「呼んでみただけだよ」


その距離に思わず緊張した私を知ってか知らずか、マツバさんは微笑む。いつも優しい笑顔ばかり浮かべるマツバさんが、こんなにいたずらっ子みたいな笑顔を、ちいさな子どもみたいな側面を持っているなんて、以前の私なら想像もしなかった。

一瞬、さらに早まった心臓が少しずつ落ち着いていく。会えなかった間に開いていた距離が、がたごとと鳴る音にともなって、ぐんぐん近くなる気がした。


「まねしないでください」
「していないよ」
「嘘ばっかり」


さっきは子どもみたいだったくせにいきなり私を飛び越えたマツバさんが、拗ねた口をきく私に笑いだす。ちいさくなった私を飛び越えるのは簡単だろうな。

優しい笑い声にかぶさった、がたんという大きな音を合図に、真っ暗闇は終幕を遂げてきらきら光る海が現れた。


「わ、あ!きれい…」


思わず直前まで話していた内容も忘れてさわぐ私に、マツバさんはゆっくり座席から立ち上がる。目的地はまだ先なはずだけど…。

疑問を込めて見上げた先にあるひとみが、見慣れたやさしい笑みを滲ませた。


「すこし、寄り道しようか」
「えっ?」
「まだ入れる時期ではないみたいだけどね」


当たり前のように差し出される手が、急かすように一度握られ、またひらかれる。じゃんけんしているみたい。


「そんな余裕あるんですか?」
「なまえちゃん、」
「……何ですか」


いやな予感がして立ち上がりながら尋ねたら、重ねた手を握りながらやっぱり、マツバさんは笑った。


「呼んでみただけだけど」


ぷしゅうと抜けた音をたてて、電車が止まる。海沿いの駅は潮風で黒く劣化しているのに、やけにきらきらして見えた。

やわらかい日差しが揺れている。
Thanks;ace
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