novel | ナノ

食堂のシーフードは相変わらず新鮮で美味しくて、しあわせな気持ちになれる。いつも元気なご主人にあいさつをして店を出たら、心地のいい海風と波の音が、ざんっと全身に吹きつけた。

久しぶりに訪れたけれど、アサギシティは何も変わっていないみたい。

灯台に寄ってアカリちゃんにあいさつをして来ようかな。それとも先にジムに寄って、ミカンちゃんにあいさつをするべきかな…。

絶え間ない潮風に背を押されながらのんびり40番水道の浜辺まで歩いてきた時だった。


「…なまえちゃん?」


どこかで聞いたような声がかかって振り返る。追い風にばらばらと散らされた髪で視界が奪われて、誰なのかを把握するのがワンテンポ遅れた。

私と同じ砂浜の上で、同じようにばさばさと乱されている同じ髪なのに、色のちがいだけで受ける印象がぜんぜんちがった。

金糸の髪がきらきら光る。


「まっ、マツバさん!?」
「やっぱりそうか。久しぶりだね」
「あ、ご無沙汰してます…!」


思わぬひとの登場に、ひときわ大きく鼓動が跳ねるのがわかった。

にこりとやさしい微笑みを浮かべて早足にこちらに近寄るマツバさんも何も変わっていない。それなのに姿を見るのも、声さえひどく懐かしく感じるのは、私の記憶がはっきりしていないからなのかもしれない。

薄れた残り香を抱きしめるように、欠けてしまった記憶を修正する。ぎゅっと心臓が甘噛みされたみたいに痛くなった。


「…元気そうだね」


足跡を残して私の目の前に来たマツバさんは、砂浜がまぶしいのかすこし目を細めて私を見た。


「はい!おかげさまで」
「よかった」


にっこりとくちびるに笑みを乗っけて、マツバさんはすこし歩こうか、と私をうながした。


「びっくりしたよ。なまえちゃんがアサギにいるなんて」


さく、さくと暖められた砂に足が沈む。


「そうですか?」
「うん。きみのことだからね」
「……、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」


ふっと笑われる意味がわからなくて、私は首をかしげる。私からすれば、マツバさんがこんな真っ昼間にアサギにいるほうがびっくりなんだけど。


「ジムは今日お休みなんですか?」
「来客がないからね」


つまり、休みというよりも勝手に抜け出してきたと言うほうが正しいらしい。それがなんだか意外で、ゆっくり隣を歩くマツバさんを見上げた。視線に気づいたマツバさんもこちらを振り返って、やわらかく視線がぶつかる。

足元に打ち寄せる波みたいに、何かが淡くはじけた。


「なまえちゃん、今日は質問攻めだね」
「あ…そんなつもりはなかったんですけど…すみません」
「大丈夫、謝ってほしいわけじゃないよ」


ことばの割に微笑みを絶やさないマツバさんの真意はつかめない。波打ち際にならんでつづく足跡がくすぐったいような、今すぐ消してしまいたいような相反した気持ちを湧き起こす。

すこしの間、沈黙が流れた。気まずいのかどうかもたしかめる間もないくらいわずかな沈黙のあと、マツバさんは急に歩みを止めた。

びっくりして、数歩先に進んだところで振り返る。今度は髪の毛に阻まれることなくとらえられたマツバさんは、思いの外真剣な顔をしていた。


「マツバさん…?」
「これくらいならまだ、追いつけるかな」
「え?」
「…でも実際は、もっとあるかもしれないな……」


すこし離れているだけなのに、つぶやくような声はしょっぱい風にさらわれてしまってうまく聞こえない。

それが薄れた記憶と重なって、急に怖くなった。何も変わらずに太陽はあかるく降り注ぎ、波はきらきらと打ち寄せているのに、マツバさんだけはちがう気がした…なんて、ばかみたいだけど。

思わず、数歩のわずかな距離をはやく消したくて駆け寄った。質問攻めだと言われたばかりなのに、口にせずにはいられない。


「…あの、何かあったんですか?」


いつも微笑みを浮かべているイメージしかなかったから気になった。建前としては。

目を細めたマツバさんが何もないよとつぶやいて、それから私の頭を撫でる。

触れられたことにびっくりして、それから顔に血が上るのがわかった。髪を流れる手も、見つめてくる視線もやさしすぎて、今まで目を合わせていられたのが不思議なくらい。

ついさっきまで元気のなさそうだったマツバさんは、もういつものマツバさんに戻っていた。余裕がないのはやっぱり私の方だ。

マツバさんは私が恥ずかしくてうつむいたことをわかっているのかもしれない。頭を撫でていた手が滑り、髪に隠れていた耳をそっとあらわにさせられる。


「…ありがとう」


思わず顔を上げた頃にはもう遅くて、耳に直接ささやかれたなんてことないことばがいつもより低くやさしくて、心臓が大変なことになってしまう。

耳から離れた手はそのまま私の片手を取った。

真っ赤であろう顔を隠すためにまた深くうつむいた私を、何も言わずそっと引っ張ってくれるマツバさんは、やっぱり私よりずっと落ち着いている。


……桃ちゃんへ捧げます!

遅くなってしまってすみません(>_<)桃ちゃんの相互に、いただいたキャラ指定のだれでいこうかなぁと心に留めておいたところ、マツバさんが降りてきました(笑)

マツバさんはお話の方がいつも降ってくるので、きっとこれは桃ちゃんのお話にちがいない!と…すみません勝手に。こんなものですが心をこめて捧げさせていただきます…!

相互ありがとうございます、これからもよろしくお願いします(^O^)

Thanks;逃避行
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