novel | ナノ

年越しにマツバさんと過ごすことはできなかった。私がまだ、子どもだから。

私の歳ならそんなことは当たり前で、周りの同級生カップルは、新年が明けるまで長電話したり、おめでとうメールを送りあったりして年を越すんだって言ってた。

だけど、いやだった。私には歳不相応だとしても、マツバさんの歳ならば一緒にいることはきっと当たり前で、周りがそうやって過ごしてるときにマツバさんをひとりにしておくのが、すごくすごく、いやだった。


「…マツバさん…?」
『ん?』
「いま、何してますか」
『特になにもしていないよ』
「そう…ですか…」


自分でも変な質問だなって思ったし、受話器越しのマツバさんの声も笑みを含んでいる。

なんだか見られているわけじゃないのに恥ずかしくなって、ポケギアを耳に押しあてたままうつむいた。ベッドに座る私の隣で、すやすや規則正しい寝息をたてるイーブイが目に入る。


『なまえちゃん』
「はい」
『僕は今、座敷にいるよ』


イーブイの毛並みが、カーテンを開け放したままの窓から入る、冷たい月明かりに光っている。

その冷たさに思わず振り返ったとき、マツバさんはそう言った。

とたんにふわりと、脳裏にマツバさんの家の、大きなお座敷が広がる。かけじくも、生け花も、それから穏やかに笑って私を見つめるマツバさんも。


『ゲンガーとゴースがテレビを点けたり消したり、いたずらが酷いけれどね』


耳元に流れ込む口調と声色に伴って、脳裏に描かれたマツバさんもほほえんで目線を動かす。窓からは雪化粧したドウダンツツジや松の木が見える。

脳裏に描かれたマツバさんの近くにいきたくて、思わず目を閉じた。目を閉じても消えないこれは、記憶をつなぎあわせた幻のようなものなのかもしれないけど。


『…なまえちゃんは、いま何をしてる?』


マツバさんは私の隣で、窓の外の雪を見ながらやんわり尋ねる。


「特に…何もしてません」
『じゃあ、同じだね』


見ていないのに、マツバさんが口元をゆるめたのがわかったのは、どうしてなんだろう。


「マツバさん、」
『ん?』


ふと、出かかったことばを飲み込んだ。目を開いたら記憶のつなぎあわせは薄れていって、眠りこけるイーブイと月明かりが戻ってくる。


「あの、明日…会えますか?」


結構勇気を出して尋ねたことばだったのに、電話だからすこし違うだけで、もちろんと答えてくれるマツバさんの声色は何も変わらない。少し笑み混じりの、優しい声。

大人になった今ごろには、マツバさんのいちばん近くで、本当に違う声色を聞き分けることができるんだ、とすこし楽しみになる私は、やっぱり子どもなのかもしれない。


『君の家まで迎えに行くよ』
110102
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