novel | ナノ

私なんかが聞いていいの?なんて、我ながらうぬぼれた質問だったかもしれない。トオイくんがちょっと怒ったような顔をして、なまえに聞いてほしいからきいてるんだよ、と私をまっすぐ見てくれたのが、すごくうれしかった。

だけど、トオイくんの過去をずっと聞きたいと思っていたのに、そして受け止めればトオイくんのことをもっとしれると思っていたのに、結局なにも知れていない気がする。

トオイくんは、ぜんぶはなしてくれた。ポケモン恐怖症だったころのこと、それを直すきっかけをくれたカントーのトレーナーのこと。そして、宇宙からやってきたポケモンのこと。

想像よりずっとおおきな話に、私は呑まれかけていた。


「じゃあ…つまりこれは」
「そう、デオキシスの言語なんだ」
「トオイくんは、それを研究してるんだね」


先取りしてたずねた私に微笑んで、トオイくんは座っていたキャスターつきのイスをくるりとまわした。

座ったイスが固定だったことにちょっとだけ後悔しながら、私は向けられた背中を見つめる。それから、すっとのばされた指先の影を。


「あれは、当時デオキシスたちが発していったことばを再現したものだよ」
「…なんて言ってるの?」
「友達」


ぽつん、と発されたことばにつづきがあるのかと思いきや、ふり返ったトオイくんはそれだけだよと、きょとんとする私にうなずいた。


「調べていくうちに気がついたんだけど、本当にシンプルなんだ。デオキシスのことばって」


ともだち、というひとことに、デオキシスは何を込めていたんだろう。ひと単語だけで伝えられる意味はきっと正確じゃないけれど、逆に言えば、それだけで伝わる仲はきっと深い。

脳裏に、アイコンタクトをかわすリュウさんとバシャーモが浮かんだ。


「それで、ポケモンたちはみんなそうなんじゃないかって仮説を立てた」
「そう、って…?」
「つまり…、ポケモンたちは、とてもすなおに感情を表現しているってこと」


今は、その仮説を証明するためにデータ収集をしているところなんだよ、とトオイくんは笑った。たぶんこの数日のことを言ってるのは、私にもわかった。

言っても伝わらないこともあるけど、言ってみなきゃぜったいに伝わらない。私たちはポケモンみたいに素直じゃないし、こころは見えないから。

つきつめてみれば、そういうこと…?


「トオイくん」
「ん、なに?」
「…本当は、トオイくんの過去、私もずっと聞きたかったよ」


やっぱり目を見て言うのははずかしくて、…どうしてすなおになるのってこんなに難しいんだろう?

だけどうつむいた私の耳にも、トオイくんがうれしそうに笑った声はきちんと届いた。


「…僕も、いつかなまえに聞いてほしいって思ってたんだ」


ヴヴ、とにぶい音が鳴って、装置のなかのひかりがゆらぐ。

ぱっと同時にふり返った私たちに、装置の影からみっつのちいさな身体が飛びこんでくる。あまりのいきおいに、私たちはイスからよろけて床にしりもちをついた。


「…ヒトカゲ!どこ行ってたの?」
「たぶんプラスルとマイナンが、研究所を案内してたんだよ。ポケモンだけに通れる抜け道があるらしいんだ」


うれしそうに笑うプラスルとマイナンを両肩にのせたまま、トオイくんは私にはりついたヒトカゲの背中がすすけているのを、ぱたぱたと手ではらってくれる。

そのままふと目をあげるから、淡いひとみにゆらいだひかりの欠片が落ちているのがよく見えた。


「…ほらね?」


返事をする前に、ぐんっと距離が近づいて、気がついたらくちびるにやわらかなぬくもりが残っていた。

ぼんやりした灯りのなかでトオイくんがしあわせそうに笑うけど、私だってきっと同じ顔をしている。
110709
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