novel | ナノ

どこに行くのかもわからなかったし、とおった道も今までとはちがったのに、たどりついたのは懐かしいあの装置があるところだった。

でも、あれ?トオイくんの研究室って、たしか温室の奥にあったはずだけど、今回は温室とは真反対がわに歩いてきたはずなのに。私の地理感覚がおかしいのかな…。

いつかと同じように手をつないで、たくさんの書架のあいだを歩いていく。きょろきょろもせずにじっと考えこむ私を、トオイくんは後ろに目がついてるわけでもないのにくすっと笑った。


「ここは本来、あの温室とは別個に建ってたんだよ。だから正式な入り口はさっき使った方で、前になまえを案内したのは…なんだろう、裏口みたいなものかな」


ずばり考えていたことを言いあてられてびっくりした。トオイくんはポケモンにたとえるなら、エスパータイプなのかもしれない。

前に来たときはうす暗かった研究室がぼんやりと明るいのに気をとられたせいで、追求するタイミングを逃してしまった。


「…え、…うそ」


思わず立ち止まったせいでかるくつないでいた手が離れ、トオイくんがふり返るのが視界に映ったけど、それよりも私の焦点はその肩越しに向いていた。

研究室のど真んなか、からっぽだったはずのあの装置のなかでくるくると踊るように動いている、不規則で幻惑的なひかりから、目が離せない。


「…なまえ、知ってるの?」
「ううん。これが何かはわからないけど…」
「けど?」


ふっと、トオイくんのことばに笑みがうかぶ。

ちょっとためらいを覚えたけど、私はようやくひかりからトオイくんに視点をスライドさせて口をひらいた。楽しそうなトオイくんの表情が、自然と私にも感染する。


「…オーロラ?」


勝手にあがった口角をそのままに発したことばは、ふわりと尻上がりにとんでいった。キャッチしたトオイくんが、本格的に笑顔になる。

なんだか、とっておきのマジックが成功した魔導師みたいな表情は、いつかの子どもみたい。初めて出会ったとき、私はとんでもなく機械オンチで歩けもしなかったんだっけ。


「なまえにそう見えるなら、これは成功かな」
「どういう意味?」
「うん。これは一種の言語なんだよ」


ただしある種のポケモンのね、とつけ加えられたことばに、私はただ驚くことしかできない。

まさか、トオイくんが見せたかったものって、このひかりのことなのかな。一生懸命見つめてみたけど、当然ながら何を伝えたいのかはさっぱりわからない。重なりあって複雑に動きつづけるそれはとてもきれいだけど。


「…ぜんぜん、わからないんだけど…」
「うん、僕も初めはわからなかったよ。今だって見ただけじゃわからない」


トオイくんはわずかに離れてしまった距離を戻ってきて、ちょっと手前で立ちどまる。

ゆらゆらと移り変わる陰影は、ヒトカゲが宿すそれとはちがって、トオイくんをどこかはかなく見せた。それともこれは、ひかりのせいじゃない…?

先にここに着いたはずのポケモンたちの姿が見えないことにようやく気がついたけれど、それを尋ねるよりも、トオイくんの方が早かった。


「聞いてくれる?…僕の、過去」


110709
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