novel | ナノ

がちゃり、とノックもせずに入ってきたのはお兄ちゃんで、ベッドの中にいる私を見て思いっきり…それこそ、人間はどれくらいまで渋面をつくれるのか試しているってくらい思いっきり、顔をしかめた。


「うわ、何こいつ。女子とはおもえねー」
「お兄ちゃん…!朝っぱらから乙女の部屋に、ノックもせず入ってきてそれはないでしょ!」
「乙女だあ?朝食のてつだいも、後かたづけも、洗濯干しもオレがやったけど」


ぐっと詰まった私を見下ろして、ふんぞり返ったお兄ちゃんが鼻で笑う。そんな、お兄ちゃんに女子力で負けてるなんて…!

会話で勝利したお兄ちゃんは、そのまま悠々と私の部屋を横切り、しゃっとカーテンをあける。とたんに明るく差しこんでくるオレンジの香りをした太陽に、私はたまらずふとんをあたまのてっぺんまでひきあげた。


「あ、おいなまえ!起きろって、何時だと思ってんだよ」
「ん〜、9時くらい?」
「11時すぎてんだよ、ばか。今まで寝かしといてやったんだ、昼めしの準備は自分でしろよな」
「ええ〜!」
「文句言ってもむだだぜ。父さんと母さんはロンド博士と食事だとか言ってたし、オレはこれから用あるから」


ぽんぽんやりとりされる軽口が楽しくて、ゆるんでいた口もとから笑みが消えた。自分でもわかったくらいだから、お兄ちゃんに顔を見られていたらきっとまずかっただろうな。ふとんをかぶっててよかった…。

そう思った瞬間、べりっとふとんを剥がされたものだからおどろいたなんてものじゃなかった。


「だから早く起きろ!」
「な…ちょ…いくら兄弟だからってこれはないと思う!」
「問答無用!」


お母さんよりも口うるさいオカンのお兄ちゃんに、私のなせる術はひとつだってなかった。しぶしぶ起きあがったものの、さっき心臓に突き刺さった単語がなかなか抜けない。抜けてくれない。

のろのろとした緩慢な動作で私がお兄ちゃんを見上げる前に、てこてことベッドサイドにやってきたのはヒトカゲだった。修羅場みたいな私たちの間に平気で入れるなんて、この子、意外に強者なのかもしれない。

それかまたは、リュウさんとの初バトルで肝がふとくなったのか…。

リュウさん、と思いうかべたら連鎖してうかぶ光景に、また心臓が痛くなった。癒えてない傷をえぐられたみたいな、にぶくてじくじくと長い痛みに、こっそり顔をしかめる。


「かげ?」


パジャマ姿でベッドにへたりこんだ私と、引っぺがしたふとんをかかえたままのお兄ちゃんの視線をあびて、ヒトカゲはこてんと首をかしげた。そしてにっこり笑った。


「かげかげっ!」
「え、何?」
「おかしいんだよ、おまえの寝ぐせが」
「え、…ええ!?」


あわててあたまに手をやってから、ヒトカゲがふしぎそうな顔をしているのに気がついた。お兄ちゃんは声を押し殺して爆笑している。

恥ずかしさと自分のまぬけさに、顔があつくなった。


「もう、お兄ちゃん出てってよ!着替えるから!」
「うわ、我が妹ご乱心〜!逃げろヒトカゲ!」
「かげっ!」
「ちょっと、ヒトカゲまで!?」


けらけら笑いながら逃げ出していったお兄ちゃんとヒトカゲを見送って、私はため息をついてベッドから立ちあがった。

ふわりと軽くなった気持ちが、またすとんと落ちていく。飛びたくて飛びたくて、でも飛べないポケモンの気持ちが、今ならわかる気がした。

110616
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