novel | ナノ

はあ、とだれかがため息をついたのを、まぶたのなかで聞いていた。


「トオイ。わるかったのは僕だから、怒りたいなら僕を殴れ」
「はあ?ちょっとお兄ちゃん、何言ってるの?意味がわかんない」
「オードリーは黙ってろ。…トオイ、言っておくがなまえさんも、ポケモンたちもわるくない」


うつむいた暗闇のなかで、私もオードリーちゃんとおなじくらいぎょっとしていた。殴れ…?どうしてそういうはなしになるの?

びっくりしすぎて吐き気も何もかもはひっこんだけれど、あわてて顔をあげるのと、トオイくんがつぶやいたのはほとんど同時だったから、そうしてトオイくんの声はちいさすぎたから、何を言ったのか私にはわからなかった。

しーんとした空気に、そのことばを聞けなかった私だけがそぐわないみたい。ひとりできょろきょろしてしまうのが、ばかみたいではずかしい。

だからショウタさんがやってきたのは、ある意味助かったのかもしれなかった。


「おーい、そろそろ夕飯食おうぜー!オレめちゃくちゃ腹へった……どした?」


大声でさわぎながらやってきたショウタさんは、かちこちの空気にこごえている私たちをきょとんと見やる。自分に向けられたひややかな視線さえ、まとったあたたかい空気で溶かしてしまっている。

いち早く沈黙を破ったのは、意外なことにトオイくんだった。ぱっと、不自然すぎるくらい自然に、いつもの明るい笑顔をショウタさんに送る。


「なんでもありません。ちょうどご飯どきだと思って」
「だろ!よし、行こうぜ!」


豪快に笑ってトオイくんの肩を組んだショウタさんはまるで酔っぱらいみたいだった。楽しそうに歩きだすショウタさんとトオイくんに、プラスルとマイナンが耳をすこしたらしたまま、おどおどとついて行く。

それが合図だったかのように、リュウさんが詰めていた息を吐いた。


「…わるかったな。行こうか」
「うん…」


うつむいているオードリーちゃんのあたまをぽんぽんと撫で、つづいてリュウさんはこちらをふり返る。となりで背中をさすってくれていたキャサリンちゃんが、ぴくりと反応したのがわかった。


「キャサリンも、行こう。なまえさんも。…バシャーモ、そのままヒトカゲをつれておいで」
「あっ、ヒトカゲ!すみません、ご迷惑をおかけして」
「気にするな。きみはとにかく貧血を治した方がいい」
「しゃも」


いつからなのかすっかり熟睡しているヒトカゲを抱えたバシャーモは、リュウさんのことばにつづけてにっこり笑ってくれた。そのままオードリーちゃんと肩を並べて歩きだしたリュウさんの後を追う。


「なまえちゃん、大丈夫?立てる?」
「うん、もうすっかり平気!ありがとう」


支えてくれようとしたキャサリンちゃんの手を断って、私はベンチから立ちあがった。

もう地面がゆらぐことも、空が波打つこともないのに、ぽつぽつと点いた街灯がてらしだす先のラルースはつめたくにじんで、逃げ出したくなるくらいこわかった。
110611
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