「お兄ちゃん、お疲れさまっ!」 「かっこよかったー!」 遠くで人に囲まれた影が見えたとたん、オレンジとピンクの服が、そろってかわいらしく手を振りながら駆けていく。 話が見えずに顔を見合わせる私とヒトカゲの傍らで、トオイくんが困ったように肩を落とした。 「合流する前に紹介って言ったのに…」 次々と試合会場から出てくる人波は強いのに、すいすいとうまくかいくぐって人垣に近づいていくふたつの人影は、私の目にあざやかに映った。 トオイくんも慣れているらしく、肩を落としながらも人の間を縫っていく姿は自然体そのものみたい。 苦戦しているのは明らかに私とヒトカゲで、ヒトカゲの両脇にいたプラスルとマイナンは、楽しそうにひょいひょいと足をかいくぐっている。 「なまえ、ごめんね…。わ、っ!」 「かげかげっ!」 申し訳なさそうに振り返ったトオイくんは、半分ずるずると押されている私にぎょっとしたらしくて、見開いた淡い色の目がめいっぱい私を映す。 あわてて戻ってきて差し出してくれる手に、私は恥ずかしがってる暇もなくつかまった。心境は迷子の子どものそれに近い。 手をひっぱって、ひとまず壁ぎわに連れてきてくれたトオイくんに感謝する間も、心配して駆け寄ってきたポケモンたちに笑いかける余裕もなく、私はしゃがみこんだ。 「ぷらぷらっ?」 「まーい…」 「……」 ぴょん、ぴょんと跳ねて私の両隣に来てくれるプラスルとマイナン、黙って私の袖口をつかんでくれるヒトカゲ。そして、何も言わず同じようにしゃがみこんで、ゆっくり背中を撫でてくれるトオイくんを気配で感じた。 ぐるぐる渦巻く気持ちわるさをこらえて、私はくちびるを噛みしめた。ひとのざわめきも浮かされたような熱気も、だんだん遠くなっていく。 「……ゆっくり、呼吸して」 吸って、吐いて。吸って、吐いて。 ゆったりしたリズムで背中を撫でてくれる温かさにしたがって呼吸を繰り返していくうちに、だんだん、遠くなっていたざわめきが戻ってくる。 「…トオイくん、ごめんね」 「……なんでなまえが謝るの?」 ようやく顔を上げたときに返ってきた声は、初めて聞いたような、複雑な色をしていた。心なしか、私の袖口をつかむヒトカゲのちからが強くなる。 とっさにでたことばだったけど、謝りたいことはたくさんあった。今日に限らず、トオイくんには助けてもらってばっかりで、それなのに私は何もできないこと。 トオイくんがよろこんでくれることが、思いつかないこと。 思うことすべて、自己中心なことも。 「……」 「なまえがつらいときに、僕に謝ることないよ」 一瞬にしてトオイくんは複雑そうな様子を笑顔にかえてしまったけれど、始めて見た表情はきつく脳裏に焼きついた。 私のぐちゃぐちゃな気持ちがトオイくんには伝わらないように、トオイくんの複雑な気持ちもきっと、私にはわかっていないんだろうな。 110323
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