novel | ナノ

ヒトカゲとおつかいを頼まれた。卵と食パン、玉ねぎとひき肉という夕ご飯が垣間見える食材を買って、ついでにこの前決めたちいさな赤い傘をヒトカゲに買った。

ヒトカゲは赤い傘をうれしそうにかかえて、食材を運ぶ私のとなりを歩く。ゆらゆら揺れるしっぽの炎は、薄暗くなってきたラルースの明るい街灯に負けないくらい暖かい光を放っている。

パートナーがうれしそうで喜ばないトレーナーはいない。私はバトルはしないからいつもなら自覚は薄いけれど、こういうときは、ヒトカゲのトレーナーなんだってことを実感する。


「かげかげ?」
「ん、今日はきっとハンバーグだよ」
「かげっ!」


にっこりと片手を差し出してきたヒトカゲにほほえんで、私とヒトカゲは手をつないで、しあわせな気持ちで帰宅した。


「ただい……」
「あらなまえ、おかえり!」
「やあこんばんはなまえちゃん。お邪魔しているよ」


リビングのソファに座ったロンド博士は、手をつないで帰宅した私とヒトカゲにやさしく笑いかけた。びっくりしすぎて硬直した私に、お茶の支度をしていたお母さんと、博士の正面に座っていたお父さんが同時に口を開いた。


「なまえ、まず手を洗ってきなさい」


それからお父さんは博士の方に向き直って何やら難しい話をはじめ、お母さんはキッチンからいそいそとこちらにやってきて、私の手から買い物袋を受け取った。


「手を洗ったらおもてなしを手伝ってね」
「あ……え?」
「なにがちがちに緊張してるの。たしかにお父さんの上司で偉大な方だけど、やさしい方よ。息子さんとも仲が良いんでしょう?」


とにかくほら、外から帰ってきたら手洗いうがい!とぐいぐい私を洗面所へ押し戻しながら、お母さんはヒトカゲににっこりと笑いかけた。


「ヒトカゲちゃん、なまえお願いね」


赤い傘をかかえたままだった私のパートナーは、お母さんの笑顔ににっこり笑い返して返事をした。

結局この家でこの瞬間、一言もまともなことばを発っせられなかったのは、私だけだった。
110217

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