novel | ナノ

待たせてごめんね、とトオイくんが申し訳なさそうに謝るから、私はぶんぶんと首を振った。

実際そんなに待ってはいないし、トオイくんの真剣な横顔が見られたし…って、あれ?なんだかこれヘンタイみたい。


「ここはね、昔使ってた研究室の跡地なんだ」


しゃがんでた私に手を差し伸べながら、トオイくんはまわりを見回した。その手に手を重ねたら、びっくりするくらいの力で引っ張って立たせてくれる。

いつも思うけど、トオイくんって線が細いのに、どこにこんな力があるんだろう。


「今はもっと大きな別の研究所で研究を続けてて…さっき父さんがいたところは、そこなんだけど」


説明しながら、トオイくんはさっきと同じように私の手を引いて歩きだす。それはあまりにも自然で、どうしてか、ぜんぜん嫌じゃない。

後ろから、きょろきょろしながらヒトカゲがついてくる。


「じゃあここはもう使ってないの?」
「うん、父さんたちはね」


いたずらっぽい言い方をしたトオイくんにびっくりして、思わず数歩先を行く淡い髪を見つめるけど、トオイくんはそのままさらりと続けた。


「今は僕の研究室なんだ」
「…それって…つまりトオイくんも何か研究してるの…!?」


まさか、だってトオイくんって私と同い年なのに…!

驚愕の事実に呆然とする私には気づかずに、トオイくんは迷いなく奥へ奥へと歩を進める。となりにいるヒトカゲだけが、私のあほみたいな表情を見てくすくす笑った。


「いや…そんなに大層なことはしてないんだけど、父さんの研究の手伝いとか、……」


たくさんの書架の間を通り抜けているとき、ふとトオイくんがことばを濁した。ヒトカゲにしかめっ面を向けていた私は、何事かと前に向き直ってようやく、前方のその装置に気がついた。


「わぁ…!すごい、ここがトオイくんの研究室?」
「うん」


まろい曲線を描くおおきなガラス瓶みたいな装置は、内部の上下から当てられる光で、淡く輝いて見える。

ぽっかりひらけた部屋のほぼ中央にあるそれの前で、自然に手が外れた。

ようやく歩みを止めて、トオイくんが振り返った。


「せっかくだしお茶煎れてくるね」
「えっ、気にしなくていいよ!」
「大丈夫、その辺の椅子に座って待ってて。機械はいじるとあぶないから、触らないでね」


ぽんぽんとことばを発して、トオイくんは薄暗い研究室の奥へ姿を消した。

110202
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