novel | ナノ

「ここは…?」
「僕の家だよ」
「いっ、家!?」
「うん……なまえ、知りたいって言ってくれたから…」


一度も触れられなかった話題に、トオイくんは初めて触れた。無意識にびくりと私の肩が跳ねる。急に緊張した。

あまりに触れられない話題だったからなかったことにされたんだと思ってたのに、トオイくん、やっぱり覚えてたんだ…!


「本当はね、ずっと、僕だけだと思ってたんだ」
「…何を?」
「僕はなまえの家を知ってるのに、なまえは僕の家を知らないから、……だから」


トオイくんは言いにくそうに口をつぐんだ。私はトオイくんの立派な…ほとんど豪邸と言っていいような家の前、門の前に立って呆然としていた気持ちを奮い立てて、トオイくんに視線を移す。

トオイくんはちらりと私を見て、それから自分の家に視線を戻した。

手をぎゅっと強く握られて、自然とつながれていた手にようやく意識が行った。そういえば引っ張ってもらってからそのままだったのに、それがあまりに自然すぎて忘れてた…。

なんだか恥ずかしい。トオイくんも恥ずかしいって横顔をしていて、思わず私もトオイくんの家の方に視線を反らした。

プラスルとマイナンがなんだかにっこりして私たちを見てきて、その隣でひとりよくわかってないヒトカゲがきょとんとしている。


「えっと…入る?それとも…父さんの研究所に行ってみる?」
「研究所?」
「うん。僕の父さんは研究者なんだ」


研究者…?何か引っ掛かった。ラルースの研究者…って、もしかして。

目を見開いた私に気が付いたのか、トオイくんは不思議そうに私を見つめてくる。もしかして、と言葉を発する前に、ガチャリと門の奥、目の前の扉が、…開い…!

ぱっ、とどちらともなく手を離した。ひょこっと顔をのぞかせたのは、きれいな女の人。


「あらトオイくん。お友達?」
「ゆ、ユウコさん…いらっしゃってたんですね」
「ええ。博士にトオイくんの夕ご飯をつくっておいてほしいと言われたの。…立ち話もどうかと思うし…お友達に上がってもらったらどうかしら?」
「そう、…ですね」


トオイくんが緊張してるのがわかった。うなずいてにっこり笑ったその人が一度玄関の奥に引っ込んで、トオイくんは脱力したように私を見た。

白い頬が上気してほんのり赤くなっていて、それになんだかずきり、とした。


「…父さんの研究所は後にして、…上がってもらってもいいかな」
「うん、ぜひ。ありがとう」


元々、最初から、ぜひトオイくんの部屋に行ってみたいと思っていたのに、……なぜかすごく入りたくない。

そんな気持ちを押し殺して笑ったら、トオイくんはほっとしたように笑って、門を押し開けた。

101211
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