「…あっつい…」 ゆらゆらと、遠くの景色がゆらいで見える。 ひとっ子ひとりいない、だだっ広い田舎道は、周囲に草地のある分きっと都会よりは涼しいんだろう。 だろうけど、旅を引退した私に、ふたつ隣の町までのお使いは、なかなかにきつかった。しかもこの季節。寒さにはある程度強い自信があるけど、暑いのはダメだ。干上がっちゃいそう。 「……くぅ」 小さな鳴き声がして後ろを振り返れば、今にも倒れそうにふらふらしたシャワーズが、私を見上げてきた。水ポケモンが日差しに弱いのは当たり前だった。 私と同年齢みたいになると全っ然可愛くないくせに、青いときはさっきみたいに甘えた声を出したり、平気で擦り寄ったりしてくるから不思議。…やっぱり、元々の姿の方がすなおでいられるのかも。 「…なに?」 「くぅん」 シャワーズはまるでキュウコンみたいにかわいらしく鳴いて、頭で少し斜め先を示した。 何が、と言いかけとそちらに目をやった私は、思わず口をつぐむ。 見えたのは、小川。きれいで、適度に深くて流れも急でなく、淀みもせず。ちょうど、私の旅してた頃のバッグの底には、簡易テントと水着と、着替えが入ってる。 「……泳いでく?」 尋ねれば、相棒はうれしそうに鳴いて、真っ先に駆けていった。私も、堪え切れず口元にうかぶうれしさを我慢できずに、その後を追った。 たどり着いたとたんにざっぱぁん、と水に飛び込む相棒を横目に見ながら、私は木陰に手早くテントを広げ、中で着替えて出てきた。旅を終えてから入れっぱなしの水着だから少し小さかったけど、気にしちゃいられない。 ぱしゃぱしゃと水飛沫を飛ばしてくるシャワーズを追って、私も流れに飛び込んだ。日に当たってきらきら光る水は、適度にひんやりとして気持ちがいい。 「楽しいね〜シャワーズ」 私が聞けば、シャワーズは頭だけ水面に出して目を細めた。水に浸かった身体は不思議なくらい透き通って、ほとんど見えない。 シャワーズの身体は水分子と似た構造。旅の途中で進化して初めて知ったときを思い出して、懐かしくなった。 そうして答えたシャワーズはまたばしゃり、と水音を響かせて潜ってしまう。そうすると本当に少しも見えなくて、まるでひとりでいるみたい。 十五を過ぎた女子がひとりで泳いでるみたいに見えるんだから、はたから見たらおかしいんだろうな…、たぶんだれも通りかからないだろうけど、と思ってたとき、だった。 「……なまえ?」 「へ?」 「やっぱなまえか!おまえ、いい歳して何やってんだよ」 自覚のあったことをそのまま言われて硬直した私の視界に、呆れたみたいに笑いながらひょっこりと顔を出したのは、思いがけなくもすこし歳上にみえるくらいの男子だった。 人のよさそうな気さくな笑顔に、きれいな金髪はゆるくウェーブしている。私はその髪の奥、あったかい橙色の瞳を見つめた。 「……」 「…ん、どうした?」 「…ごめんなさい…、ダレですか?」 どうしても思い出せなくて、わずかな躊躇いのあと、私は屈した。怒るだろうと思ってうつむいたら、一瞬はぽかんとしたそのひとは突然、笑いだした。 「そうきたか!いや、相変わらずなまえはおもしろいな」 思わず顔を上げたものの、あけっぴろげな笑いについていけなくてどうしようかと迷った。失礼を承知でもう一回尋ねるか、それとも… 「兄貴、てめえなんでここにいるんだよ!!」 ばしゃあん、とものすごい量の水を跳ねとばしてシャワーズが現れた。それも人の姿で、私の背後から。 水しぶきと声とともにすばやく腕が回ってきた、と思う間もなく、私はその場で、シャワーズに後ろから抱き締められていた。 ……な、なにこの体勢!?ぺったりと背中がくっついたせいで、水着越しとはいえはっきりと肌を感じるし、回された腕は私の腕と、素肌で触れ合ってる。それを改めて感じれば感じるほど、私の頭には血がどくどくと上った。 「し、シャワーズ、離し…」 「まぁまぁそうカチカチすんなって、おまえはシャワーズだろ。カチカチすんのはふつう、タイプ的にオレだろ?」 「おまえがオレをカチカチさせてるんだろ!なまえに色目使ってんじゃねーよ年寄りが」 「相変わらずガキだなぁ」 私のことなんて無視したまま、シャワーズはにっこりと笑顔を崩さないそのひとと言い合いを続ける。 どくどくと鳴る心臓でも、なんとなく会話を聞いてるうちに、この非日常がわかってきた。 初めてシャワーズが人型を取った朝から、もうかれこれ二週間が経とうとしてるけど、問い詰めた中で何度も、シャワーズが言ってたことがある。 私の頭の上で投げられる応酬の数々に、少しずつ鼓動もおさまってきて(相変わらず急ピッチだけど、なんとか耐えられるくらいまでにはなったし)、とりあえず腕の中からの脱出はあきらめて、私は憶測を確信にすべく口を開いた。 「……もしかして…サンダース…?」 「お。なんだ、覚えてるじゃないか」 …予感は、やっぱり的中。非日常は終わるどころか、どんどん広がっていくらしい。びっくり反面うれしそうにする彼、もといサンダースは、シャワーズとの応酬を中断し、私を見つめる。 身体に回されたシャワーズの腕に、ぐい、と力が入った。 何がどうして、こうなったのか (なまえ、こんなやつ思い出さなくていい)(もう思い出してくれちゃった後だよ、わが弟よ)(いちいちうるせーんだよ、黙ってろ兄貴!) ……Thanks;揺らぎ すこし伏線回収します(・・;)← 20100918 |