novel | ナノ

ぬっと顔の両脇からでてきた腕に強制的に引っ張られて思わず叫び声をあげた。全速力で走っていたから、いきなりの方向転換に体がついていかない。けれどもそのまま壁に背中がぶつかるなんてことはなかった。ふわりと優しく包まれたわけではないけど、それでも衝撃はほぼなかった。それは彼の腕が咄嗟に庇ってくれたからだろう。

その腕がするりと離されて私の背中は壁と密着した。右手が私の顔の左側に、左手は私の顔の右側に。たった2本の腕なのに急に檻に入ってしまったかのような窮屈感。
それは全速力で走ったハヤトが私の肩に顔を埋めて息を整えているせいだ。背の大きい彼がそうして寄りかかるには必然的に腰をまげなければいけない。すっぽりと覆われて、だけど非難するために声をだせるほど私の息は整っていないから、何も言えない。その肩の向こう側に向かって、ハヤトと同じように息を吸ったりはいたりしていた。

肩越しに見える世界は狭くて、それでいて懐かしいような、恋しいような。吐く息が首筋にかかってくすぐったいけれど、必死に我慢。その息に少しだけ混ざった声はいつもの凛としたものではなかったから、戸惑いを隠せない。

おかしいくらいに動く心臓。どうしようこのまま死んじゃいそうだよ。正確な位置はわからないけど心臓があるであろう場所をそっと撫でる。お願いだから落ち着いて。


「何で避けるんだよ」
「………」


駄目だ、ハヤトの声が耳に届くたびにどうしようもないくらい心拍数ははねあがる。

視界に映すのも辛くて、下を向く。無理矢理上を向かされるなんてことはないけれどかわりに深くて重いため息。ずっしりとのしかかって、ぐちゃぐちゃだ。


「理由がわからなければ謝ることすらできないだろ」
「別に、」
「まさかいきなり俺のこと嫌いになったわけじゃないよな…?」


ついこの間までは一緒にいた。付き合ってるわけでもなければ、遊ぶ約束をしているわけでもない。気づいたらいつも一緒。
ハヤトの隣にいるだけで幸せだった。ハヤトにはそんな気持ちがなくても、それでもきっとお互い居心地がいいと思ってた…はず。ジムで忙しい中で、時間を削ってでも会いに来てくれたんだからただの知り合いなんて薄っぺらい間柄ではないと信じてる。


「嫌いじゃない」
「そっか。…で、避ける理由は」


安心したような表情すらかっこよくてまた心臓がはねあがる。どくどく動いて騒がしい心臓なんて、そのまま身体を突き破ってハヤトに体当たりしてしまえばいい。


「なんか嫌なことでもしちゃったか?」
「ハヤトはなにもしてない!」
「じゃあ、何で」
「…………」


眉毛があがっていて真剣に怒っているはずなのに、いつもまっすぐで力強い瞳には全く力がなかった。
なんて顔をさせてしまったんだろう。どうして、こんなつもりじゃなかったのに。別の嫌な意味で心臓が早くなる。だから、ハヤトの傍にいたくなかったのに。


「嫌、だから」
「……それは、俺の隣が?」
「違う、死ぬのが!」
「は?」


間の抜けたハヤトの声がやけに響いた。

意味がわからないとでも言いたそうな顔。そんなに見ないでよ、じろじろ見られたらまた心拍数があがっていく。


「俺といたら誰かに狙われるのか?」
「誰にも…」
「じゃあ自殺したくなる、とか?」
「そんなことない…」
「言い訳か?」
「言い訳?」
「俺から逃げる」


馬鹿な私でもその場の空気が一気に重くなるのがわかった。あぁもうこの頑固! 被害妄想の塊! そんなんじゃないのに!

呆れたような顔にひやっとした。っていうよりも身体は氷みたいに固まって、心臓だけはやっぱり動いていた。


「心臓がね、もたないの」
「そ、それは病気ってことか?」
「違うの。…決まってるんだって、一生のうちに心臓が動く回数って」
「…?」


察してよ、とは思うけどこの台詞だけで私の心情を全て汲み取れたならハヤトは鋭いなんてもんじゃなくエスパーポケモンだ。

だからはやく自分の気持ちを言わなくちゃいけないのに、このままの友達としてのポジションを離したくない自分がいる。けれど今言わなくちゃ、その友達としてのポジションすら失ってしまう。


「…好きな人の近くにいると嫌でも心臓はばくばくしちゃうでしょ。だから、その分はやく死んじゃうんじゃないのかなぁなんて。思いまして、ですね」


なんかもうこれは告白まがいどころじゃなくほぼ告白って言ってもいいと思う。いっつもいっつもさりげなーくアピールしても気づかなかったハヤトへの最後の手段。


「ふーん」


照れるとか焦るとか、そんな表情は一切せずにハヤトはそう言って真顔のまま私の顔の横にあった腕をどかした。

ふーん、ってなに。そりゃいつもさりげないアピールしかできなかったのは気づいてほしいけどやっぱり気づいてほしくないっていうわがままな感情が混じってたからだってのは認める。だからこそ気づかれなくても自分の中で納得できた。
でもさすがにこれは…ない。ハヤトがよっぽど天然なのか、最初から私のことなんて恋愛対象外だっていうことなのか。


「名前って、」
「な、なに」
「いや、意外に頭悪いのかと思って」
「は、あ!?」
「その場しのぎで俺から逃げて、それからどうするんだ? これから好きになる人全員から逃げるつもりなのか?」
「そ、それは…」


確かに、そうだ。それはわかってる。これから一生好きな人の隣に居られないだなんて、そんなの寂しすぎる。

っていうか、あれ。好きなのは伝わったわけ? ん、どういうこと?


「俺なら、後悔させないけど」
「?」
「俺には寿命が縮む不幸以上に名前のことを幸せにする自信がある」
「な…!?」
「好き同士が離れる理由なんてないだろ」
「ちょ、待ってよ、意味が……」
「わかりやすいのにわかりにくいお前が悪いんだよ」


すっと撫でられた頬、近づいてくる端正な顔。これから何が起きるかを想像するとやっぱり心臓が暴れだす。

だけどその痛みにさっきみたいな恐怖はもう感じない。ただ好きだなぁってしみじみと思って、そっと目を閉じた。





……

聖ちゃんに捧げます!
これが私の中のハヤトの最終進化系ですっ
「こんなの私の希望したハヤトじゃない」「誤字脱字があるじゃない馬鹿なの?」っていうのは遠慮なく言ってください、ね!

相互ありがとうございます、これからよろしくお願いします´`*


*****

桃ちゃんからいただきました…!
うわああ何ですかこのイケメンは…っ!どきどきが止まりません←

ハヤトって実は、私の初恋のポケモンキャラなんです(笑)
それで桃ちゃんのクールで格好いいハヤトに再度一目惚れして、ありがたく相互記念にリクエストさせていただいたのですが、イケメン度が想像以上で…まっすぐでひたむきで、そして強気なのに冷静なハヤトたまりません。ちょっと天然?みたいなせりふも絶妙です。ハヤトの神髄!って感じですね!

すてきな作品を本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします!(^O^)
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