夏休み企画より抜粋 「…強く、なったねなまえちゃん」 ぽつり、と吐き出された言葉が虚しく響いて、私ははっとした。 とたんに戻ってきたのは、今にも壊れそうな天井と柱。それは今の今まで続いていた戦闘の激しさを物語っていて、私はすべてを悟った。 「でも、ここまでだ。きみは僕を超えられない」 目の前で、私の相棒がくずおれた。 「ジュカインっ!!」 「……じゅ、」 駆け寄った私に、精一杯ごめんと伝えようとする相棒に、たまらず視界が歪んだ。ごめんね。でも相手の前では泣かないから、大丈夫。 「…なまえちゃん。いい試合をありがとう」 私がジュカインをボールにしまったとき、カツカツと靴音を立てて、ダイゴさんがこちらに近づいてきた。 長身痩躯の見惚れてしまうようなスタイル、キラキラ光る銀髪、緑の瞳、そして整った顔立ち。 ホウエン地方一の強さ。 すべてを持った人。私が長い間憧れた人。 いつか追いつきたくて、追いつきたくて、必死でここまで来た。勝ったら伝えたかった。あなたを追ってきたんです、って。 でも。……勝てなかった。 カツン、と私の背後で靴音が止まった。私の見つめる床に影がかかる。振り向かないと失礼だと分かってるのに、潤んだ視界が、私が振り向くことを許してはくれなくて。 ダイゴさんは、こんなこと慣れてるのだろう。彼に群がる人間はきっと多いだろうから。 「……なまえちゃんは」 何も言わず、振り返りもしない私に困った風でもなく、ダイゴさんがゆっくり口を開いた。けど私が何なのか、結局は聞けずじまいになった。 「危ないっ!!」 ガラガラッという音がした瞬間に、何か重いものが落ちてきて、私の視界も感覚も、思考回路もすべて一瞬、停止した。 何が起きたのかも分からないうちに、また周囲は静かになる。かすかに身じろぎしたとたんに、全身に痛みが走った。 「痛っ…」 「だい、じょうぶ、かい?」 不意に耳元で声がした。とっさに振り返った私の間近にダイゴさんの顔があって、びくりとしてしまった私に、ダイゴさんは苦笑した。 「天井が抜けてしまったみたいだね。…ああ…ごめんね。庇いきれなかったみたいだ」 そっとダイゴさんが私の腕に手を添える。ようやく私は状況を理解した。 バトルで脆くなってしまった天井が突然崩れてきて、ダイゴさんは私を庇うため、私に覆いかぶさってくれたわけで…。 そうだ。彼は優しいんだ。だから諦めきれない。こんなふうに密着することで、死にそうなくらい心臓が高鳴ってるなんて、目の前のこの人は絶対に知らないだろうに。 「折れてるかもしれないな。すぐ医者に行こう。エアームドがとばせばすぐだから。さあ」 「えっ、そ、…んな、大丈夫ですよ。私よりダイゴさんが」 「うん、僕も診てもらうんだから、なまえちゃんはついでだと思って、遠慮せずにおいで」 立ち上がったダイゴさんがほら、と言って片手を差し出す。高級そうなスーツは土埃だらけで擦り切れていた。 私よりダイゴさんが確実に重症だと思うのに、この優しさを、庇ってくれたことを喜んでしまう私は、…最低だ。 「…ありがとうございます…」 掴んだ手から伝わる体温に、胸がまた騒がしくなった。 そうして私は、繰り返し思わずにいられないんだ。いつか、いつか、彼に勝ったならその時は…なんて。 立ち上がって、手が離れていく前に、私はほんの少しだけ、手を握る力を強めた。 ねえ、だから待っていて。 Thanks;揺らぎ |