先に断っておきたいのだけれど、私はいつもすきでこう惨めなことになるわけじゃないし、普段ならむしろしっかりしているって言われる方だ。苦手なひとの多い変身術はマクゴナガル先生にほめられるくらい得意だし、家事の魔法だって家で習ってるから、ひと通りのことはぜんぶ自分でできる。OWLだってちゃんとパスしたし、めったに転んだりしない。 それなのに私がいちばんちゃんとしていたいひとの前に限って失敗してしまうのは、私の前にいるのがいちばんちゃんとしていたいひとだからであって…というとややこしいけど、ひとことでずばりと言ってしまうならば、私はとてもあがり症だった、ということに落ちつくんじゃないかな。 だから私は、彼…ブラックくんのことがすきなくせに、同時にとても嫌いだった。 もし私の言うブラックが、みんながしっているブラック先輩だったなら、私のホグワーツでの生活はまだましだったかもしれない。グリフィンドールとおなじ授業になることはあまりないし、何より先輩だから、出会ってしまう機会自体がすくない。 それなのになぜ、私がすきなのは同い年で、週に何回も合同授業のあるスリザリンで、ぜんぜんやさしくない彼なのか…私にもわからない。第一、初めてはなしたのはずいぶん昔の図書室で、それもさいあくな出会いだった気がする。残念ながらなのかさいわいにしてか、あまり覚えてはいないんだけれど…それ以降、私は彼の前にでるたびに失敗し、恥をかいてしまうんだ。 それでも彼を追うひとみをとめられないなんて、自分でもどうしてなのかわからない…。 「…あ」 その日、ぽつりと先にことばを発したのはまちがいなく私だった。 お昼休み、生徒の大多数は大広間にあつまって昼食をとる。私も、そしてうわさのブラックくん―レギュラス・ブラックくんも、その大多数のうちのひとりだった。ここまではそんなに珍しいことじゃない。けれどどういう風の吹き回し…または運命のいたずら?私とブラックくんが大広間を後にしたのが、おなじタイミングだったらしい。 ばったりと大広間のおおきなとびらの前で顔をあわせたブラックくんが何気なくながしてきた視線を、私の磁石のひとみはしっかりとらえてしまったから。…何か言わなくちゃとおもったら、本当に、「ただの何か」である「あ」がこぼれでてしまった。 私の口からとびだした何てことない音が空気をふるわせ、ブラックくんの鼓膜をふるわせて脳に届く。胆略な自分がはずかしくて、それをぎゅうっと巻き戻ししたくなってしまった。 無視されたらどうしよう。そんな考えがよぎったのも一瞬で、ブラックくんは目をそらしたりはしなかった。 「…きみは…たしかレイブンクローの、失敗ばかりしている子ですよね」 「ん…うん。こんにちは、レギュラス・ブラックくん」 ぎゅ、とブラックくんの眉間にしわがよる。彼はだれかに話しかけられるといつもこんな表情をするらしい…とは、私の友だちのことばだから、私はあまり信用してないけれど。だっていくらブラックくんが狡猾なスリザリンだとはいえ、やっぱり友だちはいるだろうし、彼は笑うんだろうから。 本当は、その笑顔がみたい…のかもしれない。 「僕に何か、用事でも?」 「ううん。何もないけど…知ってるひとに挨拶したらいけなかった?」 「そうは言っていませんが…」 ブラックくんはちょっと物珍しそうに私を見た。上から、下まで、まるで観察するように。 ちょうどそのとき、豪華な金色の大皿にたっぷり盛られたミートパスタがぱっと消え、代わりに焼きたての糖蜜パイのいい匂いが出入り口…つまり私たちにも、流れてきた。 「よく、僕の名前を知っていましたね」 「え?だってブラックくん有名だよ」 「それは兄の方でしょう。僕の名前まできちんと覚えている人間なんてそういませんよ」 まあろくな人間じゃないことはたしかですけどね、と自嘲するようなことばに、私はおもわずブラックくんと同じように眉間にしわをよせてしまった。それをどう取ったのか、ブラックくんはふっと笑う。 思いがけず見ることが叶ってしまった笑顔は、けれどどこか暗い笑顔だった。 「そういうあなたも有名ですよね」 「…えっ?」 「こころ当たりないんですか?」 首をかしげて考えていたら、ブラックくんが歩きだしてしまうからあわてて後を追う。さっきからどきどきと早鐘を打つ心臓は、まだおさまってくれない。ブラックくんに聞こえていないといいけど…。 ホールを抜けて中庭に出る階段をおりていく後ろ姿が格好良くて、おもわず見とれてしまったその一瞬、 「わ…!」 「え、ちょっ…」 恐怖で縮みあがったのどからは、悲鳴すら出てこなかった。今回はもう、どじなんか踏まないと思ったのに…。 「まったく…だからあなたは有名なんですよ」 「ごっ、ごめんなさい…!」 顔向けできなくて、ふり返りざまにとっさに受け止めてくれたらしいブラックくんの表情はわからない。 ふたりしてこんなところで座り込んでたらへんに思われてしまうかもしれないと自分の半分が警告するにもかかわらず、よりによって階段につまずいて落っこちてしまった、しかもすきで苦手なブラックくんの上に…というショックで、もう半分の自分がうごいてくれない。 あきれ返ったような声色に、身をすくめてそこで土下座のようにあたまを下げ…ようとしたら、…信じられないことが起こった。 「本当に、あなたは…見ていて飽きません」 「ブ、ブラックくん…怒ってないの?」 「怒るもなにも。あなたにこうさせているのは僕なんでしょう?」 なにを言われているのか、とっさにわからなかった。 ぱっと顔を上げたら、何やらとてもやわらかい表情をしたブラックくんが立ちあがったところで、つづいてその目の前に、手がさしのべられる。 「知ってますよ。あなたが『普段なら』なかなか器用なこととか、結構あたまがいいこととか。要領がいいことも」 「え…そんな、うそ」 「いつまで地べたと遊んでいるつもりですか?」 差しだされた手を催促するようにひらひらさせるブラックくんに、もしかしたら私は長いこと、踊らされてきたのかもしれない。 …匿名さんに捧げます!
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