novel | ナノ

秋の夜長なんて言うけれど、そうさせているのはだれなのと舌打ちをしたくなった。もちろんリーグ側だってわかってるんだろうし、グリーン本人だってわかってるんだろう。これは明らかにおおすぎる仕事量だってこと。

いくらグリーンが優秀だからって、これはやりすぎだ。ここ一週間というもの、私はグリーンがベッドで寝ているのを見ていない。グリーンはまじめだから、イスに座って書類の前でこっくりうたたね、なんてこともしない。申しわけ程度に、ジムの控え室のソファに横になって取る仮眠は一日平均一時間。

…日に日にやつれていくグリーンに、さすがに黙っていられなくなった。たとえ私が、グリーンにとってはただの「幼なじみ」だったとしても、これは過干渉にはならないはずだ。


「…ちょっと、グリーン!!」
「………」
「…グリーン…?」
「ああ…、なまえか…」


いきおいづけて駆け込んだジムリーダー控え室は、想像以上のひどさだった。これだけグリーンが身を粉にしても、机の上の紙束はいっこうに減っているように見えない。

二回目の呼びかけでようやく届いたらしい声はふるえてしまっていた。だって、…グリーンが。ちからなく微笑んだ顔に、とうとう感情がこぼれそうになってしまった。私が泣いてる場合じゃないのに。

ぐっとくちびるにちからを入れて、つかつかとグリーンに近寄る。どうしようもない無力感におそわれた。私はグリーンの代わりに資料を仕上げることはできない。だけど、このまま黙って見過ごすのはもっといやだ。


「寝なさい、グリーン」
「……は?」
「寝なさい、って言ったの。いますぐ横になって」


できるだけ偉そうにふんぞりかえって言い放つ私を、グリーンはぽかんと見つめた。あたまがまわっていないんだろうけど、整った顔立ちはどんな表情でも整っていて、なんだか悔しい。長年の想いゆえに行動にでたのに、それがじゃましそうになる。

どくどくしはじめる心臓を、私は全力をかけて無視した。動こうとしないグリーンのうでを引っぱってみれば、思いの外すなおに身体を動かしてくれる。

ぼすんとソファにすわったグリーンの肩を押し倒す。ちからの抜けたグリーンのからだは軽くて、横になるだけでがくっとグリーンの意識が落ちていくのが、私にもわかった。


「…なまえ…?おまえ、いったい何を…」
「いいから、グリーンはとりあえず寝ればいいの。あとは私が何とかするから」
「はあ…?何ばかなこと言ってんだよ、無理すんなって…」
「ばかグリーン!それはこっちのせりふだよ!」


このままじゃグリーン、死んじゃうよ。

私ももう限界で、とろんとしたグリーンのひとみが見つめてるっていうのに、ふにゃりと顔がゆがんでしまう。不安はことばという魔法で、おおきく育ってしまったらしくて…おかしいな、さっきまではこれくらいの不安なんて、耐えられたのに。

死なないで。じわじわとうるんだ視界から、きもちがグリーンのうえにこぼれおちていく。あわててその上からどこうとしたら、びっくりするほどのちからでぐっと引きとめられた。本当に、眠りに落ちかけてるひととは思えないくらい。


「なあ…本当にお前、できんの…?」
「…う、ん」
「頼んで、いいんだよな…」


かすれた声が、だんだん安堵にみちていくのがわかる。私はうなずいた。拍子に、止まりかけていた最後のしずくが落ちてグリーンのほおを伝っていく。

グリーンがまぶしそうに目を閉じて、はは、と笑った。


「…幼なじみなんだし、もうちょっと頼ってよ」
「いや…もうじゅうぶん頼ってんだぜ、オレ。おまえに」
「うそばっかり。私、ぜんぜん頼られてないよ。差し入れしただけだし…」


ちいさい頃からとなりで見てきた。ひと一倍のがんばりを他人に気取らせないのも、がんばりすぎて体調すらなおざりにする悪いクセも…幼なじみだからこそわかってることが、幼なじみ以上だから心配でしかたない。

それなのに、何もできない…。

やさしくあたまを撫でられて、ようやくグリーンの片手がこちらに伸ばされていたことに気づく。私の手首をつかんでいたもう片方の手がゆるむから、私はそのままぺたんと床に座りこんでしまった。

グリーンのひとみは相変わらずとろけてはいるけれど、まっすぐこちらに向けられている。


「ばーか、気づけよな。精神的に助かってんの」
「…え…?」


勝手にくちびるからこぼれでた疑問に返ってきたのは、すうすうと規則正しくくりかえされる吐息だけだった。私のあたまを撫でてから落ちていった手のひらはおおきく筋張っていて、あらためて昔とはちがうことを、いやってほど意識させられた。

驚くほどきもちが楽になっているのはグリーンが寝てくれたからなのかもしれないし、この心拍数のせいなのかもしれない。本当のことを知りたくなくて、きれいでどこかなつかしい寝顔から顔をそむけた。もし本当に精神的にでもちからになれているなら、きっと物理的にだってちからになれる。

そうしたらきっと、こんな私でもグリーンのそばにいてもいいと思えるかもしれない。

これから立ちむかう書類の上でオムレツみたいな月が笑うけど、今の私なら百人力だ。

うにさんへ捧げます!/10000hit記念
110806
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -