novel | ナノ

一週間ぶりの外の空気はすがすがしく、空も晴れわたっていて、私とバシャーモはこっそり顔を見あわせて笑った。

カナズミシティのほどよい距離にあるざわめきがなつかしくて、さあこれから何をしようかとまわりを見まわしたときだった。


「あれ…、ユウキくん?」


見慣れたシルエットに口をついて出たことばに、ふり返ったそのひとはまるで信じられないものを見たかのように私を凝視して、…それからひどく顔をしかめた。


「お前…、なんでこんなところにいるんだよ」


もの凄く不機嫌な顔をするから、不愉快を通り越して悲しくなってしまった。

たしかに最後にユウキくんに会ったのは1週間前のポケモンリーグだし、それから熱を出してずっと寝込んでたから、マスコミがミシロタウンに押しかけてきたりして迷惑をかけたのにきちんと謝れなかった。

それは事実なんだけど…でも、だからってそんな言い方しなくてもいいのに。

とっさの返答につまった私を、ユウキくんは眉根をよせたままじろじろとながめた。


「父さんに具合悪いって聞いてたけど…、全然元気そうだな」
「うん、昨日治ったの」
「ふうん…まあこんなところまで逃げだしてこれるんだから、元気に決まってるか」


興味なさそうにつぶやいたユウキくんは、で、何してんの、といちばん困る質問を投げてきた。

私はバシャーモと顔を見あわせる。


「特になにも…ただ、外を歩きたくて」
「…それで、カナズミ?」
「う、うん」


若干どもってしまったのが気まずい。だけどユウキくんは別のところに気をとられていたみたいでちょっとほっとした。相変わらず、表情は怖いけれど。


「ユウキくんは、何してるの?」
「べつに。生態調査してたらボールなくなっただけだよ」


ちょっと持ち上げた手には、たしかにたくさんボールが入っているビニール袋。重さでフレンドリーショップのロゴが伸びている。

ユウキくん、図鑑はだいたい完成したって言ってたのにこんなにたくさん何を捕まえるんだろう?

へろんとしているそれをぼーっと見ている時間はそんなに長くなかったはずなのに、急にまわりが騒がしくなった。

ちっ、ととなりでユウキくんの舌打ちが聞こえる。


「…だから言っただろ」
「え、なに、なにが起きてるの?」
「お前が目立ってるんだよ、ばか」


ユウキくんのことばにはっと目が覚めた。ささやきあう人々の中心はたしかに私たちで、とび交うのはチャンピオンという耳慣れないことば。

どんどん厚みを増していく人垣を、ユウキくんは苦虫を噛みつぶしたような顔をして見まわした。ぴりぴりした空気に、となりで戦闘モードに入ろうとするバシャーモを、私は必死でなだめる。

ユウキくんが、聞いたこともないくらい低い声でささやいた。


「…なまえ」
「うん…」
「走れ!」


ぱっ、と手を取られて、仰天するまもなくひっぱられて全力疾走がはじまった。いきおいにひるんだ群集のあいだを一気に突破する。

いつのまにかこっちに駆けつけていたらしいマスコミまで集まっていて、まるで鬼ごっこしているみたい。

ひとつめの角を曲がったとたんに、ついに耐え切れなくなったらしいビニール袋がはじけてしまった。まるで何かの漫画みたいに、たくさんのボールが転がりだす。


「あっ……!」
「ラグラージ、キノガッサ、頼んだ」


動揺して立ち止まりかけた私をぐいぐいひっぱって、ユウキくんは冷静にふたつのモンスターボールを宙に放る。

となりを走っていたバシャーモの方がよっぽど察しがよくて、気がついたときには姿が見えなくなっていた。


「……ユウキ、くん」
「なんだよ」
「ごめん、ね」


なんとかひとを撒きつつ路地裏に逃げこんで、ようやくユウキくんの足は止まった。止まったんだけど、いつにないスピードで長時間走りつづけたせいで息が戻らない。

ユウキくんはけろりとした顔で、リカバリーの遅い私をあきれたように眺めていたんだけれど、謝ったらふいっと視線をそらされてしまった。

なんだか、悔しい。きっとユウキくんにはこうなることがわかっていたからあんな顔したんだろうし、実際こうなってしまった以上、迷惑はかけないから笑ってよ、なんて言えない。

ユウキくんには助けてもらったのに、とても悔しい。謝罪も、受け入れてもらえないなんて。


「…楽しかったし、べつにいいよ」


うつむいたコンクリートに、信じられないことばが降ってきて、思わず顔を上げる。

ちょっとだけ高い位置にあるユウキくんの横顔は変わらずにらんでるみたいなのに、不思議とちっとも怖くない。
清架さんに捧げます!
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