心地のよい昼下がり。のどかなマサラタウンの陽気はぽかぽかとあたたかく、ちいさな街にただひとつの公園には子どもたちの笑い声と、さやさや木漏れ日のはじける音が耳にやわらかくひびく。 おだやかな風に目を細めながら、ベンチに座って本を読むのはちいさい頃から私のお気に入りだった。若草色の葉が光をかたどり、木製のベンチに涼しげな木陰をつくってくれる。ときおり光る木漏れ日がやさしくて、目を細めながらページをめくった、そのときだった。 ひょいっと後ろから伸びてきた手に、うつくしい装丁の物語が奪い取られてしまったのだ。 「あっ、何すんの」 「ふうん…これが『海外の神話」か…」 振り返った私から本を取りあげたグリーンは、どこか偉そうな不遜な態度で品定めするかのようにぺらぺらとページをめくる。ベンチの後ろ斜め上から差すひかりはグリーンのきれいな茶髪を光らせ、とつぜん楽しみをうばわれてむかついているはずの脳とはうらはらに跳ねる心臓がうらめしい。 鼓動を押し隠し、私はグリーンをにらみつけた。 「ちょ…っ、グリーン!返してよ!」 「いやだね。もともとお前のものでもないだろ」 「グリーンのものでもないはずだよ。それに私が先に読んでたの」 「神話なんておとぎ話、こんな歳になって読んで何になるんだよ」 「それはこっちのせりふ!その本に用はないんでしょ、邪魔しないでよ」 幼なじみってだけでうらやましがる子ってたくさんいるけれど、幼なじみはみんなが考えているほど甘いものでも、やさしいものでもない。ちっともそんなことない。たとえて言うなら、恥ずかしいことも黒歴史もぜんぶ全部にぎられているだけの、血のつながりのない家族。そんな感じ。 それでも、レッドはまだやさしさがあるだけ断然大事な幼なじみと言えるけれど。 返して、となお手を差しだした私を見下ろして、グリーンは本のあいだにすべらせていた指を引き抜いた。ぱたんとかろやかな音をたてて神話が閉じられ、にやりと意地の悪い笑みをうかべたグリーンの顔がよく見えるようになる。グリーンはかわらない。昔から意地悪で、私は泣かされてばっかりだった。今だって泣かされこそしないけれど、私のこころをかき乱すような、自分の魅力を最大限に引き出す笑みを知っていてこうやって浮かべてみせるんだ。 「残念だったな。オレもこの本に用があるんだよ」 「…え?グリーンが神話に?」 「そ」 「なんで?」 「どうしても。じいさん家にあると思ったら、おまえが持ってったっつーから」 やれやれ無駄あし食っちまったぜ、と本を肩にあてて肩を落とすグリーンにいらっとした。相変わらず心臓は高鳴っているけれど、それとこれとは別のものだと思う。 どうやって言い返そうか、と一瞬の逡巡をもってグリーンを見あげていたら、とつぜんまた私の後方…つまり、ベンチの正面に影が差した。 「…何してるの」 「レッド。おまえ帰ってきてたのか」 私が振り返るより先にその正体を見きわめたグリーンが、やや驚いた声を出す。最近シロガネ山にこもっていてめっきり帰ってこなかったのに、と私もびっくりしながら、正面に立つ、相変わらず表情のとぼしいその顔を見あげた。 「何してるの」 「グリーンに取られた本を取り返そうと思ってたとこだよ」 「本?」 くり返したレッドにいきさつを説明しようとしたら、ベンチの後ろに立っていたグリーンにあたまをぐっと押さえつけられてしまって変な声が出た。 「もともとオレのじいさんの本なんだぜ。今度の挑戦者、海外から来たやつだから研究しとかねーとマズいんだよ」 「…ふうん」 レッドにあわてて弁明するグリーン。そんな理由があるならちゃんと言ってくれれば、私だってすなおに返したのに…グリーンって昔から、意味がわからない。だんだん緩んできたグリーンの手を押しのけて、バランスを失ったグリーンが情けない声をだしてよろけるのを尻目にベンチから立ちあがった。 「ちゃんと説明してくれればよかったのに」 「めんどくさかったんだよ」 「こうやってもめる方がめんどくさいと思うけど」 「なまえ」 レッドのとなりに立ってグリーンと言い合いをしていたら、とつぜんレッドに呼ばれた。いつもひとの話に割り込んだりしないレッドがそんなことをしたのがめずらしくて、私もグリーンも瞬時にレッドを見てしまう。レッドはグリーンじゃなく私の目をみて、かすかに笑った。 「…グリーンは、なまえと話がしたいだけだから」 「なっ…!」 信じられなくて、だけど思わず息をとめてしまった。 どうしていいかわからなくて絶句したグリーンを見やれば、しばらくレッドを見つめてから急に怒り出す。 「なに、余計なこと言ってんだよおまえは!」 「違うの」 「違うに決まってんだろ、大体なんでオレがこんなやつ…」 「オレは話したかったけど」 間をおかずに二度目の静寂が降りてきて、今度こそグリーンだけじゃなく、私もかたまった。ゆいいつ自由なレッドだけがグリーンから私に視線をめぐらし、ふわりと微笑みかけてくる。 「オレは話したかったよ、なまえと」 昔から変わらない、やさしい兄のようにレッドは私の名前を呼んだ。とたんに私とグリーンの硬直はとけ消えて…、間髪いれずにレッドに噛みついたグリーンを見ていたら、なんだかおかしくなってきてしまった。 「大体なんでおまえは急に山を下りてきたんだよ」 「グリーンには関係ない」 「関係ないって、おまえな…」 「グリーンはレッドのこと心配してるんだよ」 レッドのまねをして口をはさんでみたら、余計なこと言うなバカ、とまたグリーンにあたまをぐしゃっと捕まれた。けれどさらに言い合いを始めたグリーンとレッドの口もとに浮かぶかすかな微笑みに、私もこっそり笑顔をこぼした。 子どもの笑い声は止むことなく、私たちの頭上でも光がはじけた。 コニィさんに捧げます!
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