novel | ナノ

一歩踏みしめるたびにぎしりと音を立てる、月明かりに照らされた木造の廊下を進みながら、私は恐怖のあまり涙ぐんだ。

華やかな舞妓さんやきれいな女の人たちや、大人の男の人たち。きらきらした装飾の施された広間は騒がしく熱気に満ちてたのに、立派な中庭、つまり屋外に直接面した廊下は静かで寒くて、まだ冬じゃないのにふるえが止まらない。

昔ながらの日本の良家って感じがぷんぷんするマツバさんのお家は当然ながら古い木造建築で。

おまけにマツバさんのゴーストポケモンたちがボールから出てうようよしてるんだって、さっきパーティーの開かれてる広間で聞いた。つまり、いつどこからおばけが出てくるかわからないってことだ。そこまでハロウィンにリアルさを求めなくてもよかったのに…!

僕の家でハロウィンパーティーをするからなまえちゃんもおいでよ、なんて微笑んでくれたマツバさんもいまは遠い。

わかってたのに、のこのこやってきた自分がばかみたいで、きらきらしたひとたちに囲まれてるマツバさんを隅っこから見ているのがつらくて広間を出てきたけど、ミスジャッジだったかも。

こんなことなら、ハロウィンなのになぜか机に並んでた懐石料理をやけぐいしてたほうがよかったかもしれない。

私ってばかだ。ちょっとした奇縁から知り合えただけで、人気者のジムリーダーであるマツバさんが、パーティーみたいな場で私みたいな小娘相手にしてくれるわけないのに。

あまりにみじめで、恐怖も相まって、そんなつもりもなかったのに思わず視界が潤む。


「ゲンガッ!」
「っぎゃぁぁ!!」
「ゲンゲンッ」


あまりにびっくりしたせいで、女の子らしくない悲鳴をあげながらしりもちをついた私の前で、闇に溶けていたゲンガーがけたけた笑う。

笑ったあとで、衝動で私の目からこぼれてしまったそれに気づいたらしく、ゲンガーは笑うのをやめた。にやけたような表情こそ変わらないのに、気遣うように私の隣までやってくる。


「…ゲンガ?」


ゲンガーは私を認識してたらしい。マツバさんといっしょにいたとき、何度か会ったことあるからかもしれない。


「……ゲンガー…」
「?」
「え、なに、どうしたの…」
「なまえちゃん、こんなところにいた」

そんな思いやりがうれしくて手を伸ばした先のゲンガーが、急に私の背後を見やったからどうしたのかと思って振り返った私は、ことばを失った。

月明かりに金糸の髪を光らせたマツバさんが、なぜか、そこにいた。……なにこれ、都合のいい夢か何か?


「そんなところに座り込んで、寒くない?」
「あ……、これは」
「知ってるよ。ゲンガーがやったんだよね」
「ゲン、ゲンガッ」
「うん。それもわかってる、大丈夫だよ」


マツバさんはゲンガーのことばがわかるのかな。それよりも、マツバさんがここにいることが、まず信じられないけど。


「ごめんね、なまえちゃん」
「え…?」
「恐がらせちゃったね」


ゲンガーはいつの間にかまたどこかへ行ってしまったみたいで、マツバさんは、いまだへたりこんだままの私に視線をあわせるようにしゃがみこむ。私はなぜ謝られてるのかわからなくて混乱する。


「え…だってこれ、パーティーの催しの一環なんですよね?おばけが出るって…」
「でも、すごく怯えさせちゃったみたいだから…」


マツバさんの肩越しに、かわら屋根のシルエットときれいな月が見える。恥ずかしくてうつむいたら、その先にあった私の冷えきった手に、マツバさんのあったかい手がそっと重なった。

指先がためらうように触れてから、あとは覚悟が決まったみたいにすっぽりと、手の甲全体を包まれる。

その温かさにどきりと心臓がはねた。


「マツバさん、パーティーは」
「大丈夫だよ」
「大丈夫って…」
「僕が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫。なまえちゃんは気にしなくていいんだよ」


まだ何も聞いてないのに。

なんだかすごく楽しそうに微笑むマツバさんの笑顔は、おいでよって誘ってくれたときとは少しちがって、


「なまえちゃん」
「はい」
「Trick or treat?」


…きき間違いかと思った。

マツバさんの色素の薄い目に私のまぬけな顔が映ってるから、きっと目を見開いた私の黒い目には金色のマツバさんの髪が映ってる。


「…マツバさん、そんなことば、どこで…」
「なまえちゃん、何気に辛辣だね。ハロウィンパーティーを開くくらいなんだから、知らないはずないとは思わなかった?」
「だ、だってそのことば、子どもしか使えないんじゃ…」
「今日は僕が主催者だから、使っても許されないかな」


だめかな?と首をかしげたマツバさんの表情がやさしくて、足先は冷たいのに、手とほおだけはおかしいくらい熱くて。


「で、でも私、お菓子なんて持ってなくて」
「じゃあ、いたずらしてもいいってことだよね」


そう小声で言ったマツバさんの手が、すっかり力の抜けた私の手を取って、指を絡める。


「な…!?なんでこんな」
「いたずらだよ」


そのままマツバさんが立ち上がるから、私も立ち上がる。そのまま歩きだすから、私も歩きだす。振り払うこともできたのに、その手があったかくて、…できなかった。

元来た廊下をたどってるのに、もうぜんぜん怖くなくて、細い月明かりがマツバさんの髪みたいだと思った。



(来てくれてありがとう)


Thanks;逃避行
Happy Halloween 2010!
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