生ぬるい空気を清涼な風が流してくれてきもちがいい。 盛りの夏もなぜか憎めないのはこういう優しさがあるからで、すごしやすい春や秋には望めないようなオレンジの世界にひたることができるのも夏だけ。 街路樹の幹に背なかを預けながら、私は耐えきれずにちょっと微笑んだ。 「ごめん、待たせたみたいだな」 「だいじょうぶ」 道の向こうから私を見つけて、あわてて走ってきたタケシは私が微笑んでいるのに気がついたらしい。 どうした、なんて聞くタケシの口もともゆるんでいて、さっきまでバトルしてたはずなのにその疲れを微塵も気取らせない。 ふたり影ぼうしを並べて歩きだしながら、ちらちらと飛んでくる焦げた視線に私の微笑みは引っこんでしまった。 「…なまえ?」 「んー、どうもしないよ」 「そうか?」 タケシにはトキワのジムリーダーみたいに、あからさまにキャーキャー騒ぎたてられるようなファンはいない。 ただ、じわじわと内側から焼けついていくような…そんな視線をたくさん、それこそニビシティだけじゃなくてそこら中から集めてくる。 彼女たちはただニビのジムリーダーにあこがれてるんじゃない。…私だって同じだから。 ただの幼なじみの私でもわかるのに、どうしてタケシがこの光線に気づかずにいられるのか、私にはわからない。 「…で、こんどは何を見つけたんだ」 「そうそう、すごく落ち着くカフェをね」 「カフェ?」 「うん」 もう何度目になるのか、私の突拍子もない「とっておき」をタケシは尋ねる。 丸1日の勤務でお疲れのジムリーダーさんを呼び出せるのは、たぶん幼なじみの特権で、優しいタケシはどんなに疲れていても、こうしていやな顔ひとつせずに来てくれる。 はじめはきれいな景色、次はひとりになれる場所に案内した。 そして今回の「とっておき」の内容にきょとんとしたタケシに、私はちょっとごまかし笑いをしながらうつむいた。 急に恥ずかしくなってきた…なんでだろう。なるべく考えないようにしながら、用意してたことばを私はならべていく。 「疲れたときに逃げこめる隠れ家、…みたいな?」 「なるほど、そういうことか」 「うん。忙しいジムリーダーさんにぴったりかなって」 「はは、ありがとう」 また北極星のかけらみたいな風が、タケシの優しい笑い声をはこんできた。 うつむいた視線をあげたら思いがけずタケシはこちらを向いていて、はからずも合ったひとみにどきりとする。 「いつも思うけど…、優しいな、なまえは」 恋人同士よりもだんぜんひらいていた距離からおおきくて温かい手のひらがのびてきて、そっと私のあたまを撫でた。 ちがうよ、優しいのはタケシの方でしょ。 いつもがんばってばかりで疲れを見せてくれないタケシに、私の「とっておき」でリラックスしてほしい。 疲れを見せてほしい……私だけに、なんて、これはタケシのためっていう建前に隠れた私のエゴなんだ。結局あまやかされるのはいつも私なのに。 「…あ、タケシそこ曲がって」 「はいはい」 「なーにそれ、子ども扱いしてない?」 「してないよ」 否定しながらもおだやかに笑うタケシにむくれてみるけど、私の脈拍は滑稽なほどはやい。角にさしかかったところでまた、ざわざわと街路樹がゆれた。 あざやかだったオレンジはすっかり彩度を失って、私たちのほそながい影ぼうしもいつのまにか夜にとけ消えているけど、やっぱり嫌いにはなれなかった。 本当は、私がタケシとこうしていられて感じられる安らぎを、私もタケシにあげていられたらいい、と願うのに。 Thanks;ace
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