乾燥した唇が気になるのかそれとも無意識になのか、達海がときおり唇を舐めるのを目にしてジーノはほんの少し眉を寄せた。嫌だな余計に荒れちゃうじゃないか。寒風にさらされた唇を見て、まるで自分のことであるかのように嫌悪感を覚える。遠くて見えないが唇が割れた様子まで想像して、どうしよう耐えられない、とすら思った。
練習を終えてシャワーを浴びたジーノが着替えを済ませて廊下に出ると、ちょうどたらたらと歩く達海を発見したので呼び止める。「なに」と応えて振り向くその仕草が唇を舐めるのと同様、なぜか子どもっぽい。
近くで見ると唇は案の定荒れていた。
「タッツミー、リップクリームは?」
「え、なにが」
ズレた問い返しには答えずに至近距離まで詰め寄って、がしりと達海の顎を掴む。「唇荒れてる」と言っても達海がボケッとしているだけだったので、ジーノは強制的に解決することにした。
「ちょ、なんだよそれ」
ジーノが上着のポケットから取り出したリップクリームを達海の唇に塗ろうとすると、顔を背けて嫌がられる。
「だからリップクリームだよ」掴んだままの顎を引き寄せながら答えると、眉をしかめられた。
「なにこの匂い」
「…薔薇だね」
「お前そんなの使ってんの」
「いや、これはこの前遊んだ女の子が車の中に落としていったやつ」
「うわあ勘弁」
達海は顎を固定している手を引き剥がしてジーノから離れた。目的を失ったジーノの手は、中途半端に持ち上げられたままでいる。
「じゃあこれからリップクリーム買いに行こうよ」
「意味わかんねー」
あっさり拒否されて悲しげな顔をするジーノに、達海は歩き出しかけた足を止めて改めて向き直った。
「お前なんなの」
「酷い言いぐさだねタッツミー」
耐えられないからリップクリームを塗ってよ、とジーノは訴えたが、どうもその思いは達海にとって理解しがたいもののようだった。








title by 虫喰い
20101016


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