うちのチームの10番がこわい顔をして立っている。俺の部屋の中、ドアを背にして。練習が終ると真っ先にシャワーを浴びて服を着替え、香水かなにかの香りだけを残して誰よりも早く帰ってしまうはずの王子様は、珍しいことに練習着のままだった。
まあ、グラウンドで顔を合わせたときも、練習中も休憩中もこいつはずっとこわい顔で俺を見ていたから、なにか言いたいことがあるんだろうなとわかってはいた。わかっていたから何度か話をしようと声をかけようと近づいたのだが、そうするとジーノはふいっと顔をそむけてその場を去ってしまうので、俺は面倒になって放置していたのである。
「どうした?」
自分からやってきたくせにむっつりと押し黙ったままなのでなるべくやさしく聞いてみたが、俺の言葉にジーノはますます不機嫌になったらしく、眉間にシワが寄る。
「タッツミー、僕がなんで怒ってるかわかる」
滅多に聞くことのない、低く抑えた声は感情をとりつくろうとはしていない。
「ええと・・・わかんない」
わかるわけないだろと思ったが、火に油を注ぐような事態は避けたいのでおそるおそる答えたのだが、眉間のシワはより一層深くなった。
「まさかとは思うけど、昨日は何の日だったか知ってる?」
「昨日、は、2月14日。バレンタインデーだったな」
その答えに、はああ、とこれみよがしにため息をつかれてさすがに俺もちょっとムッとしたが、逆にジーノはなんだか悲しそうな表情を見せる。
「・・・わかっているのに、なんで?」
「なにが」
「僕ずっと待ってたのに」
「あー」
ジーノの言いたいことがようやくわかった。バレンタインになぜ贈り物をくれなかったのかと、怒っていたのだ。
「催促するのもみっともないし、もしかして夜に呼び出されるんじゃないかって思ってずっと起きてたのに」
「だってお前、チョコレートなんか食べ切れないほどもらってたじゃん」
「チョコじゃなくても何でもいいんだよ。カードでも花束でも椅子でも」
「お前が俺にくれればよかったのに」
「たまにはタッツミーから何かしてもらいたいって思うのはいけないことなの?」
いやあ・・・、とつい口ごもってしまう。意外だった。ジーノってこんなやつだったっけ、とまじまじとその顔を見る。普通のカップルなら、バレンタインには彼女からチョコレートやなにかの贈り物をするものだろう。しかし俺たちはそんな当たり前のカップルじゃないし、第一、なにかにつけてヨーロッパ式のこの男が、そんな時だけ日本式に倣うとは思いもしなかった。待ってたとか言われても、そんな話しなかったし。
「ごめんな。遅くなったけど、これ」
とりあえず謝って、手を突っ込んでいた上着のポケットの中にあったものを掴み、ジーノに差し出した。俺の言葉に表情を和らげたジーノだったが、差し出されたものを見ると再び険しい顔になってしまう。
「なに、これ」
「昼に有里からもらったアメ」
ジーノはミント味のアメを受け取ろうとはせず、またしても俺をにらみつけてくる。
「たしかに僕、何でもいいとは言ったけど限度ってもんがあるでしょ。どうしてタッツミーって、そう意地悪ばっかりするの」
何でもいいって言ったよな?と言おうとしたのに先手を打たれ、思わず笑ってしまった。
「しょうがねえじゃん。俺、好きな子はいじめたくなるタイプだもん」
俺をにらみつけていた視線の圧力が消え、ジーノは差し出されたアメを見下ろしている。押し付けるようにしてやると素直に受け取ったので、俺はこの場をうまく切り抜けた満足感で、もう一度笑った。








title by 虫喰い
20110216


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