口先では羨ましがるくせに、彼はそれが手に入らなくとも平気なのだ。それを持たなくとも彼は完成された一個である。 比べて、自分はどうだろう。 自分はそれが欲しくて欲しくて仕方がない。興味のない振りをしてみたり貪欲な振りをしてみたり、本心を隠すために過剰な偽装をしてしまうのだが本当はいつでも切実にそれを欲していて、今現在は、ただ一人からのそれが欲しい。彼からの、それが。 彼の名前を呼ぶ。弱々しくて子どものようなみっともない声だったが、体裁などどうでもよくなってしまっている。それに、みっともない声を出せば出すほど、彼は僕に注意を向けて、甘やかすような笑顔をくれる。その先にはきっと、僕が欲しているものがあるはずだ。 己の欲する所を人に施せ、という言葉に従って僕は彼にそれを与える。 「愛しているよ」 彼はまだ、笑顔しかくれない。 戻る |