「後藤、飯食いに行こう」
10年前、そんなふうに食事に誘うのはたいてい俺からだったというのに、最近はよく達海の方から声をかけてくる。クラブハウスに住んでいるものだから必然的に近くにいることが多く、声をかけやすいだけだろうと、わかってはいても不思議な感じがした。
食事は近くの定食屋だったり、ラーメン屋だったりファミレスだったりで、足をのばして美味いものを食いに行こうという発想はないらしく、とにかく歩いて行ける近所の店をその日の気分で選ぶだけである。弁当を持たせてくれる奥さんも夕食を作って待っている彼女もいない独り身の男としては、よっぽど仕事が忙しいだとか用事だとかがない限り断る理由も必要もないので二つ返事でついていくだけだ。
今日は米が食いたいという達海の主張により、年季の入ったのれんのかけてある定食屋に入った。古びたテーブルに陣取ってさっさと注文を済ませると、会話もないままぼーっと時間が過ぎていく。沈黙は苦痛でもなんでもなかったが、つい達海の顔を見てしまう。据え付けられたブラウン管のテレビが流す番組を見ていた横顔が、ふいにこちらを向いた。
「なんかついてる?」
こっそりと見ているつもりになっていた自分に苦笑して、取り繕うように口元をおさえた。
「いや…、…そういえば痩せたか?」
俺の言葉に、にひ、と意図がよくわからない笑顔が返ってくる。
「痩せたのはお前だろー?」
「そうか?」
「そうだよ、メシもろくに食ってないような疲れた顔しちゃって」
なにか言い返そうとしたとき、おまちどおさまーという明るい声が降ってきて、目の前に湯気を上げた豚のしょうが焼き定食が置かれた。達海の前にも同じものが置かれ、食欲をそそる見た目に笑顔をこぼしているのに、俺もつられて顔が緩む。
しばし無言で食事に集中していたが、定食を半分ほど胃におさめて一息ついたときに、なんとなく思いついたことをそのまま口にした。
「けっこう、俺のこと見てるんだな」
先ず、キャベツの千切りを挟もうとしていた箸の動きが止まり、その次に箸先へ向けられていた目線がそろりと上がってこちらを見るが、すぐに元に戻される。
「まあね、後藤のこと好きだからね」
達海がキャベツを咀嚼する音が聞こえて、自分の箸が止まっていたことに気が付いた。そうか、と間抜けな返しをすると、うん、と返事をされた。
「じゃあ、両想いだな」
思いもかけず真面目な口調で言ってしまってから、自分がどうしたいのか分からなくなって混乱していると「そうだね」とつぶやくような声が聞こえた。いつもの人をからかうような言動はなく、達海はそれ以上なにも言ってこないまま、俺は俺で言うべき言葉が見つからないまま無言で食事を終えてしまった。
定食屋を出てゆっくり歩きながらクラブハウスに戻る間も、なぜか俺たちは無言のままだった。








title by 虫喰い
20101124


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