企画 | ナノ
小さな自由を見つける


「悠莉は自由よねー」


飲みに行くって言ったら普通居酒屋でしょ、とか。
何でカバンから取り出したビールが冷えてんのよ、とか。


そういう感じたこと全部がその一言になって出てきた。


「有里ちゃんは自由じゃないの?」

「そもそも自由って何って感じ」


お酒が入って少し熱くなった顔を上に向ける。
夜空は満開の桜に覆われて見えなくて、桜の花が星の代わりとなった。


私は悠莉に誘われてやっとこの風景を見る。
だけど悠莉は一人でそれを見つけてくる。


私が達海さんを叩き起こしてる時、悠莉はこの桜を見上げてたんだろう。


こんなにも違うのはどうしてなんだろう。
今はたまたま同じ景色を見てるだけで、また朝になれば違うものを見てる。


私だって、こういう綺麗な景色を見つけたいのに。


「桜を見てそれをどう感じるかは有里ちゃんの自由だと思うよ」

「…そうかもね」


屁理屈のようなそれが素直に受け入れられない。
半ばヤケのような気持ちでビールを呷ると、悠莉が困ったように笑った。


「何を見るかも何をするかも、全部その人の自由だよ」


突き放すような物言い。
達海さんも悠莉もいつもこうだ。


こっちが近付こうとすると、すごく遠くに行ってしまう。


「そういう小さな自由の積み重ねを個性って呼ぶんじゃないかな」


もう相槌すら打てない。
残っているビールを全て飲み干してしまおうと傾ける。


「だから私はそんな有里ちゃんが大好き、みたいな」


口に含んだビールを吐きそうになった。
だって話しに脈絡がなさすぎるし、ぶっ飛びすぎてる。


「…酔ってるでしょ」

「よってないよってない」


月明かりと街灯で照らされた悠莉の顔は真っ赤だった。
立ち上がって歩く足が千鳥足だったからカンペキに酔ってる。


ちょっとだけ安心したような、残念がっているような自分がいた。


(…って違うでしょ私!普通に安心よ安心!)


フラフラとどこかに歩いていく悠莉を直視できない。
慌てて視線を下に逸らすと捨てられているゴミが目に入った。


(どこにでも居るのよね、ゴミ捨てていくヤツ)


それを拾おうと私が立ち上がる前に悠莉が拾う。
悠莉は一度桜を見上げて満足そうに笑って、私を見ると照れたように笑った。


「下のゴミとかが気になっちゃうのがフロントの人達だよね、きっと」


その言葉はさっきの不意打ちより私の心を動かす。
初めて悠莉と同じ気持ちを共有できたような気がして。


「捨ててくるから有里ちゃんは飲んでて」


フラフラと歩き出す悠莉の背中に声をかけようとして止めた。
代わりにもう一度、満開の桜が覆う夜空を見上げた。


火照った頬を冷ますような白い色の花びらが濃紺の空に咲いている。
風に揺れたり散ったりしながら、ただ彩る。


ねえ、この景色を教えてあげることは出来るのかな。


選手が桜の木なら、フロントはそれをより綺麗に見せたいと願う存在だ。
そうして努力と想いを重ねていったその分だけ、特別になる。


想像もできない景色が広がっていると信じているから頑張れる。


お互い違うものを見て、違うものに気づいて。
それを教えあったりしながら、一つの夢の景色を完成させていこう。


「頑張りますか!」


僅かに残っていたビールを今度こそ飲み干す。
まだ戻ってこない相手の代わりに、月と乾杯するように缶をかざした。


「ヤケ酒?」

「違います!」


背後から少し抜けた聞き慣れた声。
否定と同時に振り向くと予想通りの人物。


「あ、達海さん」


やっと戻ってきた悠莉がその名前を呼んだ。


「お前らこんな所で何やってんの?」

「お酒飲んでます」

「店行けよ。公園はおじさんの場所だぜ?」

「公共の場所でしょーが」


私がそうツッコミを入れると達海さんは言葉を止める。
そしてちゃっかりと自分の缶ビールを手に取った悠莉に視線を向けた。


「俺も飲みたくなってきた。悠莉のちょうだい」

「これは私のお酒なのでダメです」

「えー」

「コンビニで買ってきたら?」

「めんどくさい。じゃあ有里が買ってきてよ」


言葉こそ私に向いてるものの、達海さんは悠莉と缶の奪い合いをしてる。
それに呆れと楽しさを感じながら私は答える。


「勤務時間外だからヤダ!」


悠莉に教えてもらった自由。
そういう自由を積み重ねて行こう。


「それよりほら!お酒より桜でしょ!」


まだジャレてるどこまでも自由な二人に私が見つけた景色を教える。
言葉を伝えるのはまた今度。


三人で見上げた桜を私はきっと忘れない。




第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -