企画 | ナノ
広がる夜空の下で


春という季節は忙しい。
ゆっくり眠っている暇なんてない。


「朝だよ達海さん!起きて!」


朝の一番最初の仕事。
夜が明けたことも知らずに寝ているような監督を叩き起こす。


「んー…もうちょい。徹夜だったから眠い」

「知るか!練習始まるってば!」

「うっわ、布団取るなよ」


自分の声、布団を剥ぎ取る音、達海さんの小さな呻き声。
外で鳴いてる鳥の声なんてそれに消されて聞こえない。


「次の試合の日、雨かもしれないって」

「ふーん」

「…大丈夫なの?」

「ま、なんとかなるっしょ」


いつものことだけど軽すぎる反応に不安になる。
でも、達海さんも私と同じでチームのことしか気にしてないのは分かる。


雨が降っても風が強くても、花の様子を気にすることなんてない。
近くの公園の桜が満開で見時でも、近場にパンダが来ようと関係ない。


私はどの季節も同じサイクルで生活を送る。
有名なあの漢詩を逆から再現してるような生活を送っている。


「有里ちゃーん」


風流を忘れかけて私も一応寂しさとか感じてるんだろうか。
優しい響きを持った同僚の声が、胸のどこかにあるスキマに沁み渡る。


「どこか分からないとこあった?」

「ううん、大丈夫」


悠莉がにっこりと笑う。
その笑顔は今年まだ見ていない桜のほころびを思わせた。


「じゃあどうしたの?」


感傷にひたる間もなく切り返す。
言ってから自分の余裕のなさに寂しくなるけど、悠莉の笑顔がそれを癒す。


「今日ね、仕事が終わったら飲みに行かない?」


桜の便りとほぼ同時に届いた同僚からの誘い。
詳細を確認する前に頷いてしまった理由は自分でも分からない。


*** *** ***


「ちょっと悠莉、どこ行くのー?」

「ヒミツだよー」

「こっちって店ないでしょ?」

「任せて、素敵な場所見つけたんだから」


どこの店に行くか相談もなしに歩き出した悠莉の後ろを歩くこと数分。
曖昧な返答だけしてどんどん人気のない方に行く悠莉に一抹の不安を感じる。


そう言えば、朝も同じ不安を感じた。


私の心配を余所に好き勝手振舞う達海さんと悠莉は似てる。
別に信頼してないワケじゃない。


(もう少しくらい、考えてる事を教えてくれてもいいじゃない…)


同じ仕事をしてるはずなのに、どうしてこんなに見てるものが違うんだろう。
ねえ、今は何を見てるの?


「ここよく桜が見えるね。ちょうど席もあるしここにしよっか」

「…ここ?」

「うん」

「ここって公園のベンチよね?」

「そうだよ」

「見つけた素敵な場所ってここ…?」

「うん、素敵でしょ?」


ちっとも悪びれないというか、天然というか。
満開の桜の木に囲まれて微笑む悠莉が天使にも小悪魔にも見えた。


「有里ちゃん、お仕事お疲れ様」


悠莉がカバンから取り出した缶ビールを一本手渡してくる。
それをあまりにも当たり前のようにするから、ついつい受け取ってしまった。




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