企画 | ナノ
三月十四日


「悠莉」


後ろから声をかけて、振り向く前にその小さな頭を手で押さえて固定する。


「達海さん…?」

「んー?」

「あの、振り向けないのですが」


当たり前だ、そうさせない為にしてる。
つまりは悪戯なんだが、悠莉の反応が普通でつまらなかったから放した。


「どうかしましたか?」

「悠莉の反応がつまんなかった」

「…えっと、次は面白い反応が出来るようにしますね」


どこかズレてる悠莉には悪戯を仕掛けても反応が薄い。
それでもからかいたくなる。


俺の愛情表現は捻くれてると自分で思う。


「期待してる」


さっきは押さえた頭を撫でてやる。
悠莉の表情が苦笑から満面の笑みへと変わった。


「あ、そうだ」


ポケットに入れていた飴の存在を急に思い出す。
それを取り出して悠莉の頭の上に置した。


「これは…」

「今日はホワイトデーだろ?」


悠莉は不思議そうに頭の上に置かれた飴を取った。
ビニールに包まれた二粒の飴を手のひらに移動してじっと眺めている。


(安物だからあんま見ないでほしいんだけど)


前々から有里にうるさく言われてたけど思い出したのは今朝。
準備なんて出来るはずもなく、有り合わせだ。


それでも何もないよりはマシかと思って今に至る。


「達海さんが覚えてるなんて意外です」

「お前さ、正月もそんなこと言ってなかった?」


確か初詣の時も同じようなことを言ってた。
俺はそれを指摘するが、悠莉は嬉しそうにする。


「それも覚えてて下さったんですね」


有り合せの飴とありきたりな言葉でこんなに喜ばれると罪悪感が湧く。
俺は悠莉の手から飴を一つ奪った。


「達海さん?」


悠莉の呼びかけには答えず、飴を小袋から出す。
裸になった飴玉を指で摘まんで悠莉の唇に押し当てた。


「俺が食べさせてあげるサービス付き」


そう言うと、悠莉は固まった後で一歩退いた。


「い、いいです…」

「そうか、ほら」

「遠慮しますという意味です…!」

「さっきは反応頑張るとか言ってなかった?」

「それは…その…」


悠莉の反論が段々と弱くなっていく。
耳まで赤くなったその姿を見て、ある悪戯を思いついた。


「じゃあさ、悠莉が俺に食べさせて」

「な…っ!?」


混乱している悠莉の手に飴玉を持たせる。


「どうしてそんな展開に…!」

「俺があげた飴の味も知りたいし?」


少し屈んで悠莉の目線に合わせてやる。
可哀想なくらい真っ赤になった悠莉が目の前だ。


「ここは廊下ですし、人が来たら…」

「だから早く」


姿勢を保ったまま急かす。
悠莉は覚悟を決めたのか、飴玉を持った手を強く握った。


「ど、どうぞ…」


悠莉は飴を差し出す手にもう片方の手を添える。
まるで箸を持ってる時みたいな仕種だ。


(つくづくお嬢様育ちだよな、悠莉は)


本来なら俺とは違う世界で生きてるヤツ。
一緒にいるだけでも不思議なのに、恋人という関係性まで得た。


急に悠莉を遠く感じて、繋ぎ止めたくなった。


「ひあっ」


飴を受け取るついでにその指先を舐めてやると、悠莉は過剰反応した。


「な、なにするんですか!」

「飴の味するかと思って」

「しません!」

「うん、もっと甘かった」

「……!!」


味も反応も確かに悠莉だ。
そう安心したら、やっと飴の味が分かりだした。


「今日の達海さん、何だか意地悪です…」


お前が可愛すぎるからだし、お前だけだ。


そんな俺の本音は口の中で小さくなる飴に吸い込まれていった。




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