企画 | ナノ
勘違いバレンタイン
「もうすぐバレンタインじゃん?」
すっかり暗くなった帰り道。
何の脈絡もなく、そんな話を切り出された。
「俺スポーツ選手だからさ、そこんとこ考えといてね」
続く言葉は無い。持田くんが言いたかったことはそれだけらしい。
取り敢えず頷いてはみるものの。
(この言葉は一体どういう意味なんだろう…)
バレンタインまでの一週間、私はそれを悩むことになる。
*** *** ***
そしてバレンタイン当日。放課後。教室にて。
「それ全部チョコ!?」
「記録更新したんじゃねーの、これ…」
「そんなにあるなら分けてくれよ」
持田くんの机は女子からのチョコで埋まっている。
その光景に、クラスメートから羨望の眼差しを受けている。
逆に私は持田くんの方をなるべく見ないようにする。
それは別に嫉妬から来るものではなく。
(どうしよう、チョコなんて用意してないよ…!)
ひたすら目を合わせないようにする。
今日一日ずっと持田くんの視線を感じていたような気がするけど、気のせい。
絶対に気のせい!
『俺スポーツ選手だからさ、そこんとこ考えといてね』
一週間前の帰り道での会話を思い出す。
私はちゃんと考えて、そして納得できる答えに辿り着いた。
スポーツ選手は栄養調整が大変
チョコは高カロリー
その二つをイコールで結ぶと簡単に答えが出る。
“チョコは食べられない”
持田くんの発言を意訳すると「貰っても食べないからチョコは要らない」となる。
普段の王様な持田くんからは想像できない、こちら側を気遣った優しい発言。
(不自然だし、妙だとは思ったけど…)
ううん、そんなことない!
バレンタインは特別な行事だから、持田くんだってそれなりの態度になるよ!
そうだ、こうは考えられないだろうか。
スポーツ選手はモテる
女子からたくさんチョコを貰う
応援してくれる人は大事にしないといけない
でも栄養調整が大変
これらを全てイコールで結ぶと「貰うチョコは一つでも少ない方が良い」となる。
つまりこういう事だ!
きっとこれで合ってるから大丈夫。
「悠莉、練習終わるまで待ってろよ」
その耳打ちに退路を断たれたけど、間違ってないから大丈夫だよ、多分…
*** *** ***
帰り道での無言が妙に重い。
普段からあんまり話す方じゃないけど、今日に限っては重い。
(どうしよう…!)
持田くんを待ってる間もこっそりチョコを買いに行こうか迷った。
でも、自分が出した答えを信じて買いには行かなかった。
それを今ものすごく後悔している。
隣の持田くんから無言で凄まじいプレッシャーをかけられてる気がする。
それに気圧されて徐々に私の歩調が遅くなると、持田くんが大きく息を吸った。
「俺、たくさんチョコ貰ったんだけど」
吐き出された言葉に、思わず体がびくっと震える。
持田くんの真意が分からない恐怖に、私はカバンをぎゅっと抱きしめた。
(これは…なんて返せば良いんだろう…)
持田くんとの会話はいちいち考えてしまってタイムラグがある。
彼の不機嫌さを感じ取った時はいつもそうなる。
のたのたと歩きながら、鈍く回転する頭で最善の答えを導き出そうとする。
すたすた歩く持田くんとの距離はどんどん開いていく。
と思ったのに、持田くんが立ち止まったから結局は変わらない。
(どうしよう、どうしよう…!)
答えを急かされてるのかと思って焦る。
それで歩調が速まってしまって、持田くんとの距離を自分から詰めてしまった。
(…何か言うしかない!)
「で、ですよね!私からのチョコとかホント必要ないですよね!」
「何言ってんの、お前」
精一杯の空元気は持田くんに一刀両断された。
なんだかガックリきた。
「焦らしてんの?」
「きゃっ…」
脱力した所で、腕を掴まれて勢いよく引っ張られた。
完全にバランスを崩した私は、持田くんに抱きつくような形になった。
「さっさと寄越せよ」
頬に手を添えられて上を向かされる。
親指で唇をなぞられて、変な感覚が背中から這い上ってくる。
「さっさとしねーとここで続きすんぞ」
持田くんの手が下へ下へと伸びてくる。
彼の本気を感じて、私はついに観念することにした。
「ごめんなさい!」
「はあ?」
*** *** ***
「何でそっちに考えがいくワケ?」
「ごめんなさい…」
素直に真相を話すと、持田くんは意外にも怒らなかった。
むしろ涙が出るほど大爆笑していた。
(安心したような…恥ずかしいような…)
正反対の気持ちが混在する胸の内。
持田くんに知られたら更に笑われそうなくらい情けない。
「ま、今回はお前のアホさに免じて許してやる」
頭を軽く叩かれて、ただでさえ俯いていた顔が更に下を向いた。
「来年は用意しとけよ」
王様の持田くんにしては優しい言葉が上から降ってくる。
(来年も一緒にいてくれるんだ…)
それを言った持田くんの表情を見逃したのを少し残念に思う。
でも、赤くなった自分の顔を隠せて良かったとも思う。
さっきとは違う、けれど正反対の気持ちが私の胸の中を占拠した。
(あれ、でも…)
「スポーツ選手である点を考慮っていうのは…」
勘違いの元となったそもそもの言葉を思い出す。
横にいる持田くんを見ようとすると、今度は背中を叩かれた。
「カロリー気にして凝ったの作れってこと」
「あ、そうでしたか…」
聞けば答えてくれるんだから、最初から聞いとけば良かった。
いつも迫力に怯んでしまうけど、本当は優しい人なんだから。
それが今回のバレンタインで再確認できたこと。