企画 | ナノ
王者の節分【後編】
豆が床に散らばる音と、それに混じって悲鳴が聞こえる。
(あっちか…)
音のする方向はなんとなく分かる。
さっきからそれとなく追ってはいるが、何故か悠莉さんに会えない。
分配された豆は貰った時の分量のままだ。
別に散らかす為に撒くつもりもないし、悠莉さんに当てるつもりもない。
豆の入った袋を持ち直すと、軽く高い音がした。
「きゃ!痛っ、あいた!」
悠莉さんの悲鳴がはっきり聞き取れるようになってきた。
(近いってことか…)
歩くペースをわずかに速めると、聞こえる音はより鮮明になった。
「悠莉さんスイマセン!」
「ど、どうして謝りながら豆を投げつけ…、っ痛い!」
俺以外はどうやら素直に持田さんの指示に従っているらしい。
本当に豆が至る所に撒かれているし、悠莉さんの悲鳴もそれを証明している。
(多分、城西さんに抱きついたからだろうな…)
持田さんが悠莉さんに気があるのは周知の事実だ。
気付いていないのは当の本人である悠莉さんだけだろう。
だけど、それなら俺だって同じだ。
初めて会った時から俺はずっとあの人が好きだ。
タイミングさえ見つかればすぐに告白しようと思ってるくらい本気だ。
今日みたいな日でも、機会さえあればいつだって。
「三雲くん…?」
「!」
いつの間にか目の前に悠莉さんがいた。
そう言えば、さっきから静かだった気がしたんだ。
「も…もう豆は投げないでー!」
悠莉さんがそう叫びながら床にしゃがみ込む。
既にトラウマになりつつあるようで、小さな体が震えていた。
「大丈夫です。俺は投げませんよ」
「ホント…?」
膝を折って目線を合わせると上目遣いで見つめ返された。
理性が一瞬ぐらついて、俺は慌てて視線を外す。
「疑うんならコレどうぞ」
自分の分の豆が入った袋を差し出す。
悠莉さんの方をちらっと盗み見ると、目が合って笑われた。
「笑わないでくださいよ…」
「ゴメンゴメン。だって三雲くんが可愛いから」
すっかりいつもの調子に戻った悠莉さんが立ち上がる。
おかげで、またタイミングを逃した。
悠莉さんの方が可愛いですよ。
そんな気の利いた台詞は、俺の心の中だけで呟かれて消えた。
「三雲くん」
既に立ち上がった悠莉さんから手が差し伸べられる。
その手を取って立ち上がると、頭につけられた鬼の面が身長差でよく見えた。
(この人は鬼ってより小悪魔だよな)
しかも意図的じゃなくて天然だからタチが悪い。
告白のタイミングを悉く逃しているのはそのせいだ。
「でも、折角だから豆まきはしないとダメだよ」
「そうですか?」
「福も呼ばなきゃだし!」
その片付けを自分がさせられるとも知らずに言う悠莉さん。
俺の良心が少し痛んだ。
(…鬼ってまさに持田さんのことだよな)
取りあえず言い訳の代わりに責任転嫁をする。
それも心の中だけだから、目の前の悠莉さんには伝わらない。
「いくら優しくても、本当は鬼を見逃しちゃダメなんだよ」
何も知らない小さな鬼は笑顔のままだ。
その様子に、居心地の悪い罪悪感が胸を占拠した。
「あの、悠莉さ…」
全てを打ち明けようと口を開いた瞬間だった。
悠莉さんの背後から不穏なオーラを纏った人物が現れる。
「持田さん…?」
悠莉さんが振り返ってその名前を呼ぶ。
持田さんはそれを無視して、悠莉さんの頭につけられた鬼の面を取った。
「あれ、お面…あの…」
「黙ってろ」
悠莉さんの横を素通りして俺の正面に立つ。
そして俺の頭に鬼の面を乗せて、豆の入った袋を奪った。
「持田さん…」
俺がその名前を呼ぶと同時に、豆を入れた袋の口が逆さにされる。
当然、中身は勢いよくこぼれ落ちた。
俺の頭の上に。
「三雲くん!?」
悠莉さんが俺を呼ぶ声は豆と床の接地音に掻き消される。
視界も真っ白で、滝で修行してる人ってこんな気分なんだろうかと思った。
「なに言おうとしてんの、三雲」
バレてる。
どこから聞かれていたのか恐くなった。
「どうして三雲くんに…!」
「コイツが鬼じゃん」
持田さんが俺の頭につけられた鬼の面を指差す。
悠莉さんはそれで納得してしまったようだった。
「抜け駆けしてんじゃねーよ」
すれ違い様に耳元でそう囁かれた。
そこまでバレていたのかと背筋が凍った。
悠莉さんに告白するのはしばらく無理そうだと思った。
*** *** ***
「あのさ、三雲くん」
悠莉さんが床に散らばった豆を拾い集めて俺に渡してくる。
何かと思いながらも受け取った。
「私に投げてもいいよ?」
さっきのことに同情してくれてるんだろうか。
その瞳に怯えの色はなく、むしろ同情的だった。
「…いいです」
悠莉さんに断りを入れながら、渡された数粒の豆を握り締める。
伝え損なった気持ちを誤魔化すように。
俺は気持ちを切り替える。
「それより掃除、手伝いますよ」
「え?」
その言葉の意味が分からないと言った顔をする悠莉さん。
俺は事の経緯を説明した。
「本当の鬼は持田さんだー!」
全てを知った悠莉さんは、持田さんが去って行った方向に豆を投げていた。