妹変 | ナノ
真実は夢の中で
『頼りになるいいお兄さんだね』
おじさんに言われたことが余韻みたいにまだ頭に残ってる。
それを打ち消すように自分の中で響く声。
『そんなこと言われなくても分かってる』
*** *** ***
「なにこの惨状…」
兄さんが寝たタイミングを見計らって部屋に入ると案の定だった。
煌々と電気が点けられた部屋、布団もかけず顔に本を乗せたまま眠る兄。
兄さんを起こさないようにそっと顔の上の本を持ち上げる。
パラパラと数ページ見れば、今日の全ての疑問に合点がいった。
「言ってくれれば貸したのに」
まさか兄さんがマージャンの勉強を独自にしていたなんて思わなかった。
だってマージャンなんて兄さんには無縁のものだ。
私がマージャンのルールを必死になって勉強したのはエロゲの為だ。
ご褒美のCGを見る為なら難しいルールも覚えられた。
じゃあ兄さんは?
何の為に、どういう目的で勉強してたんだろう。
小難しい話しが苦手な兄さんが、どんな目標を立てて学んでいたんだろう。
そう考えると答えは一つしか思いつかなくて、恥ずかしい。
『頼りになるいいお兄さんだね』
おじさんの言葉が再び頭の中で響く。
でも、私の目の前で布団もかけずに寝る兄が頼りになるとはとても言えない。
私が知らないところで沢山の努力をしてくれていて。
その努力が空回りなのが、私の兄さんだ。
手にしていた本を閉じて寝てる兄さんの横に置く。
ついでに足元に畳んである掛け布団をかけて、部屋の電気を消してあげた。
「おやすみ、兄さん」
さっきは言いそびれた挨拶。
寝てる人に言っても意味はないんだけど、ゆっくり眠ってほしい願いを込めて。
多忙の合間に出来た時間を妹に使ってくれる兄に、最大限の感謝を込めて。
*** *** ***
「鏡花、昨日俺の部屋入った?」
「…入ってないけど」
翌日の朝。
珍しく察しのいい兄さんに内心ドキッとしながらも平常心を装う。
どうしたのかと聞き返すと、私が既に知っている事実を説明された。
「母さんじゃない?」
「聞いたんだけど違うらしいんだよなー」
兄さんが不思議そうに首を傾げる。
人の言葉を疑わないのは本当に兄さんの美点だと思う。
「父さんじゃない?」
「怖いこと言うなよっ!」
本当の犯人が私だということを、兄さんはずっと知らないままだ。
*** *** ***
『頼りになるいいお兄さんだね』
第三者の常套句に、私はきっとこう返す。
『そんなこと言われなくても分かってる』
確かな根拠と自信を持って、この常套句を返せるだろう。