妹変 | ナノ
不安は努力で打ち消そう
結局、本題である二人の決着はつかずに終わった。
「ジーノ選手のサインをお願いできるかな。娘がファンなんだ」
「頑張ります…」
後半で盛り返し、他家に圧倒的な差をつけてトップになったおじさん。
最終的には役満で狙い撃たれた俺が飛んでゲームは終わった。
(あれは絶対狙われてた。そんな笑顔だった)
俺が鏡花を助けてやりたい気持ちを汲んでくれたんだと思う。
でも、代わりにすごい無理難題を押し付けられた。
(王子がサインしてるとこ見たことねえ…)
心の中でそう叫びながらも頭を下げる。
しばらくして顔を上げた時、やっぱり優しい笑顔があった。
(それにしても娘って…ホントに何者なんだこの人)
名前も分からないし、おじさんについての謎は深まるばかりだった。
*** *** ***
「命拾いしたな」
「何ですか、その安っぽい悪役の台詞は」
一方では妹と赤崎が相変わらずのやり取りをしていた。
「次は絶対勝ちますから」
「ハッ、吠えてろ」
マンガとかで何回も使い回されたチートな台詞。
なのに、この二人が使うと生き生きとした会話になる。
俺なりに頑張ろうって決めたのに、不安になるのはどうしてだろう。
*** *** ***
その日の夜、鏡花は何故かリビングでテレビを見てた。
リビングに居るのも珍しいけど、ゲーム関連じゃないのはもっと珍しい。
お互いに話しかける気配はない。
ただ、さっきの赤崎と鏡花の会話が俺を焦らせる。
「鏡花」
「なに?」
「…やっぱ何でもない」
衝動的に話しかけたが、話題がないことに気付いて取り消した。
(今見てる番組についてとか話せば良かったのか…)
普段は何気なく出来ていることなのに、意識すると難しい。
それにテレビも今日に限っては内容が頭に入ってこない。
(どんだけ焦ってんだよ俺…)
おじさんに仲が良く見えるって言われて落ち着いたはずなのに。
何で赤崎の存在でこんなに揺さぶられないといけないんだ。
「兄さん」
混乱した思考を遮るように鏡花の声が響いた。
俯いてた顔を反射的に上げると、視線がばちっと合った。
「なに?」
「…呼んでみただけ」
そんなワケない、続く言葉があるのは明らかだ。
恥ずかしそうに視線を逸らす鏡花を見てそれを確信する。
俺って単純だ。
落ち込んでた気持ちがそれだけで明るくなる。
鏡花も俺と同じ気持ちだって分かって、こんなに嬉しくなる。
「鏡花」
さっきとは違う、ちゃんと目的を持って呼びかける。
今度は鏡花と視線も合わなかったけれど不安にはならなかった。
「俺もう寝るな。おやすみ」
返事はない。
だけど俺は暖かい気持ちで鏡花の居るリビングを後にした。
*** *** ***
部屋に着くなり、本棚からカバーのかかった一冊の本を取り出す。
二週間くらい前に買ったマージャンの本だ。
買った日から暇さえあればこうして部屋で読んでいる。
今日が初めての実践だったけど、何とかついていけたのはそういう理由だ。
(それでも鏡花と赤崎には文句言われたけど)
モタついてるとか点数計算できないとか。
そこら辺は初心者なんで勘弁してほしかった。
次は言われないようにしよう。
一歩一歩、自分の出来ることを確実にやっていこう。
それがきっと妹に近付ける一番の方法だから。