妹変 | ナノ
それでも私はやってない!
夕飯も食べ終わって、リビングでテレビを見ながら寛いでいた時のことだ。
一旦は自分の部屋に戻ったはずの鏡花が再びやって来た。
「兄さん、頼みがあるの」
いつになく真剣な様子でそう言ってくる鏡花。
いつも通りの悪い予感しかしないが、今回はちょっと違うかもしれない。
そう思わせる雰囲気がある。
「内容によるけど…何?」
話しの邪魔になるテレビを消す。
リビングには俺達以外いないので別に問題はない。
鏡花は珍しく尻込みしている。
モジモジしているその姿は歳相応の女の子にも見えた。
「私が痴漢容疑で捕まったら、部屋にあるエロゲーを処分して欲しいの!」
「はあ!?」
やっぱりいつも通りだった。
俺の妹が普通の女の子に見えたとか気のせいだった。
「明日の朝は満員電車に乗らないといけないから…」
「何で?」
「昼にイベントがある」
「ああ…」
その理由に納得してしまう自分が悲しい。
だけど、それと痴漢の話はどうやっても繋がらない。
まさかとは思うが。
「痴漢する予定でもあるのか…?」
「ない!」
想定される最悪のケースは全力で否定される。
それに心底安心した自分は、妹への信頼が足りないと思った。
「兄さん、三次元の女をなめちゃいけないよ」
自分もそこに属している自覚はないらしい。
「彼女達の一言で犯罪者ルート確定なんだよ?」
「まあ、そうらしいけど…」
最近は痴漢の冤罪事件が多いって聞いた。
それで金を稼ぐ悪いヤツもいるってテレビでやってた。
でも、それは女の子が心配することじゃないだろ。
「もし家宅捜索とかされたら、物的証拠で犯人に仕立て上げられちゃう…」
鏡花が頭を抱える。
仕種は可愛らしい女の子に見えなくもないのに、台詞が絶対に違う。
「…痴漢モノとか持ってんの?」
「…………」
鏡花が黙り込む。
それが何よりの返事となって、今度は俺が頭を抱えた。
「鏡花、それはさすがにどうかと思う」
男の俺でも手を出してないジャンルだ。
だって犯罪じゃん。
「私だって実際の痴漢は許せないよ!」
妹も取りあえずの倫理観は持ち合わせているようで安心する。
じゃあ、何でそんなスレスレのジャンルに手を出すんだ。
「でもシチュ的には憧れなの!男のロマンでしょ!」
AVに何故このジャンルがあるのか分かった気がした。
こういうヤツがいるからだ。
だけどな、鏡花。
「お前は女だろ…」
「兄さんとは違う意味で脳内中学生男子だよ!」
「んなっ…俺が何だって!?」
妹から予想外の反撃を受ける。
それで頭に血が上って、鏡花の趣味を改めさせる事をすっかり忘れた。
「私は兄さんと違って三次元なんて興味ないの!」
「俺だって画面の中の世界なんて興味ねえよ!」
絶対に普通じゃない言い争いをしながら更けていく夜。
鏡花の頼み事も結局うやむやになって、ものすごく不毛な時間だった。