妹変 | ナノ
dear my precious
俺達の兄妹史上で最大のケンカ、もといすれ違いから大分時間が経った。
鏡花はちょくちょく学校にも行き出したらしい。
なんで断言できないのかというと、鏡花が学校の話しをしないからだ。
「なあ、学校どう?」
「…………」
こう聞くと鏡花は必ず無言になる。俺はその反応に不安になる。
「もしかしてイジメられたり…!」
「してない」
そこは以前と変わらずハッキリ否定してくれて安心だ。
でもそれ以外の詳細が分からないっていうのは兄として問題だ。
鏡花が話さないなら仕方ない。無理には聞き出さない。
だけど、俺は鏡花のちょっとしたサインに気がつくようになった。
鏡花が隠すのをやめたのか、俺のスキルが上がったのかは分からない。
取りあえず前向きに捉えとくとして、今も気付けた。
鏡花は携帯電話を握りながら無言でテレビを見ている。
リビングにいる=ゲームだった鏡花にすれば充分異常な行動だ。
「何かあった?」
話しかけつつものすごく自然な流れで鏡花の横に座る。
一瞬だけ俺を見た鏡花の瞳はいつもの無表情より少し陰りがあった。
「平日に家にいるなんて珍しいじゃん」
うわヤバイ、ものすごく普通の会話だ。
この前まで反対の内容を当たり前に言ってたんだからすごい進歩だ。
顔がニヤけるのをなんとか抑えて鏡花と目を合わせる。
「…委員長と意見が対立した」
「いいんちょー?」
「この前のテストの時にウチに来た人」
素直に答えてくれる鏡花のおかげで割とすぐに思い出せた。
鏡花で言う属性完備の子だ。
頭の中で顔と名前が一致したところで、俺は鏡花に続きを目で促す。
「私は美少女が好き。彼女は二次元の美男子に口説いてもらうのが好き」
世の中には色んな嗜好のヤツがいるんだなあ。
って、感心してる場合じゃなくて。
「共通点多そうなのに何でケンカになったんだ?」
「至高と思ってるものが違ければ当然ぶつかる」
心の中で留めようと思っていた呟きが表に出てしまった。
それでも鏡花は機嫌を損ねることもなく簡潔明瞭に説明してくれた。
「そんなもんか?」
「そんなもん」
漠然とした俺の疑問をそのまま鸚鵡返しにして鏡花は立ち上がる。
いつもの妙な自信に満ち溢れていない背中は年相応に小さく見えて不安だ。
支えたいし、無理に引き止めたくもなるけど、今はやめとく。
「一人でなんとかできそう?」
鏡花に聞いてからにする。
何でも求められてからすることにした。多分それが一番いい。そう思う。
振り向いた鏡花はいつものいい笑顔じゃなかったから嫌な予感はしなかった。
表情に強い感情を出さないまま力強く頷く。
その一連の行動に言葉はないのに、逃げないという強い意志を感じさせた。
「兄さんを見習おうと思って」
「俺を?」
かと思えば、今度は付け足された言葉の意図が分からなかったりする。
鏡花はどこからか取り出したゲームソフトのケースで口元を隠す。
「一人でやるのは恥ずかしいから手伝って」
鏡花はいつもの誤魔化すような笑顔をしなかった。
俺は正直あの笑顔を苦手としていたから、それはとても嬉しいことだった。
無愛想でも誤魔化しなしの感情を伝えてくれることが本当に嬉しい。
だけど。
「………遠慮しときます」
嬉しく感じながらも、俺の身体は反射的に一歩下がった。
鏡花が張り付けた笑顔で追ってきて腕を掴む。
「もしかしたら兄さんも新しい趣味に目覚めるかもしれないし!」
「目覚めねえよ!つーか絶対に目覚めたくねえよ!」
掴まれた腕を左右に振って拒否の意を示してみる。
それでも離されない鏡花の手に安心してしまったから、今回もダメなんだ。
また鏡花に付き合って、前と同じように妙な方向に時間を消費する。
前と同じだけど少しだけ違う。
どこが違うのかって言えば、お互いに少しだけ前向きなところだ。